季節の移り変わりが早い。朝、窓を開けると柑橘類の白い花々の甘い香りが漂う日々はあっという間に過ぎ、野生のジャスミンの同じく白い花の強烈な芳香にむせる日々も過ぎ去ろうとしている。旧五月つまり梅雨時に咲くのでその名があるサツキが、すでに満開の桃色もあれば散りはじめているものもあり、わが家にいたっては、白や赤白斑の花がやっとほころびはじめたばかりだ。ヴィラ・マーヤの紫のサツキは、まだ気もない。
ときどき朝取り立ての有機野菜をいただく植木屋の御主人が、今朝ジャガイモとタマネギを届けてくださったが、野菜の出来がおかしく、タマネギはもう地中で芽をだしはじめているといっていた。いずれにせよ地球温暖化の暗い影といえよう。
一ヶ月集中して本を書いた(『ヨーガ入門』平凡社新書でこの秋刊行予定)後遺症で、まだ疲れがとれない。八〇歳近い身でモーツァルトの真似はできないことを痛感したしだいである。その間に溜まった雑誌類をのんびりと読んでいるが、『ナショナル・ジオグラフィック』誌が、環境破壊に連動する地球温暖化問題に意欲的に取り組んでいるのが目についた。政治的・イデオロギー的色彩をいっさい排除して、淡々と事実を記述する同誌の姿勢は、声高でないだけに説得力がある。日本語版に掲載されているかどうか知らない(インターネットで調べればすぐわかることだ)が、ぜひ多くの人に読んでいただきたい。
アマゾンの最後
同誌一月号の「アマゾンの最後」と題するスコット・ウォレスの文・アレックス・ウェブの写真がすごい。「この論文を読んでいるあいだにも、フットボール場200よりも広いブラジルの熱帯雨林が破壊されている」というリードは、けっして誇張ではない。
いま環境にやさしいとして、日本でもバイオエタノールが自動車燃料に推奨されているが、稲藁や雑草、あるいは落葉などバイオマスを原料とするならともかく、トウモロコシやサトウキビ、あるいは大豆など食料を原料にするなどとは論外である。ベネスエラのチャベス大統領が主張しているように、世界の飢えた20億人の貴重な食糧を奪うだけではなく、この熱帯雨林の破壊に直結しているのだ。
世界最大のバイオエタノール生産国ブラジルでは、原料の大豆・トウモロコシ・サトウキビなどの価格高騰で、大企業だけではなく、零細農民にいたるまで作付け面積の拡大に狂奔している。ということは、政府の乱開発規制にもかかわらず、闇の農地拡大、いいかえれば熱帯雨林の消滅に拍車がかかっている。かつては熱帯雨林と共存していた、熱帯果樹などの植えられた牧歌的で古典的な農園は、かつての日本のバブル時代の地揚げ屋と同じ土地マフィアの脅迫的な買収で次々と失われ、土埃の舞う荒涼とした新開農地に換えられ、隣接する雨林も、これも稀少な熱帯木材を狙う林業マフィアに伐採され、荒廃し、農地に変わっていく。
重武装したマフィアのガンマンには、政府環境省の監視団にはとうてい対抗できない。熱帯雨林を護ろうとする環境保護活動家は次々と暗殺され、ついには運動の象徴であったドロシー・スタング尼もマフィアの銃弾の犠牲となった。この流れはもはや、軍隊の動員とそれによる監視網の創設によってしか妨げることはできないだろう。
これがグローバリズムによる資源争奪戦争の最前線なのだ。
マングローヴ林の消滅と暗闘
同誌二月号には、これもグローバリズムによる資源争奪戦争のもうひとつの最前線からの報告が載っている。「黒い金(石油)の呪い――ニジェール・デルタの希望と裏切り」と題するトム・オニールの文とエド・ケイシの写真である。
アフリカ中央部を西から東に流れ、大湾曲をして西へと流れを変え、大西洋に注ぐ大河ニジェールの河口付近は、かつてゆたかなマングローヴ林が広がる湿地帯であった。このデルタに点在する村落は、海水と淡水の入り混じる絶好の条件で生育する豊富な漁業資源で生活していた。船を駈って都市に魚を運び、穀類を手にする生活も恵まれていた。だが1960年代この一帯に石油が発見されてから、漁民たちは「黒い金」の呪いのもとに置かれるようになった。
それでも原油価格が安定していた時代は、まだ牧歌的であった。だがこの十数年来、原油価格が高騰しはじめてから、それはまさに呪いとしかいいようがない状況となった。英米や西欧の石油大資本が進出し、デルタだけではなく、沖合いも海中掘削の櫓で埋めつくされ、パイプラインがマングローヴ林を伐採して縦横に走りはじめた。
大気は余剰ガスの燃焼で汚染され、水は漏洩する原油でよどみ、大量に消失したマングローヴはもはや魚をはぐくまず、漁業は壊滅した。そうかといってハイテク化された搾油施設は技術者以外の労働を必要とせず、漁民の雇用はほとんどなかった。村落はスラム化し、貧困が大地を蔽った。中央政府の高級官僚と石油資本は癒着し、汚職が蔓延し、石油による莫大な国家収入も、この貧困の解決に投じられることはまったくなかった。
たびたびの原油漏洩(一部はパイプラインに穴を開け、原油を盗む盗賊団による)や大気汚染に対する補償要求に発する人権運動が、現地の知識人を中心に起こったが、ほとんど成果をあげることができなかっただけではなく、活動家たちの暗殺さえもたらすことになった。。そこで一部の過激な若者たちは、武装闘争に決起するにいたった。それがMEND(ニジェール・デルタ解放運動)である。
MENDは石油施設を襲撃し、パイプラインを破壊し、白人技術者たちを誘拐し、多額の身代金を獲得し、それを戦費として武装を強化し、組織を拡大する。警備陣や国軍との激しい銃撃戦で多くの死傷者をだすが、戦争神エグベスの加護をあらわす伝統的な赤と白の布を腕や腰に巻いた戦士たちの士気は高い(軍神である八幡〔厳島〕女神の加護をあらわす赤または白の布を鎧の下に巻いた平安朝時代や、戦前の千人針を思い起こさせるが)。
この状況は年々深刻化し、ナイジェリアの経済と政治を深部でゆるがす事態となりはじめているが、この暴力的で経済帝国主義的資源戦争に、中国やインドあるいは韓国があえて参加し、分け前に預かろうとしている。社会主義を標榜する中国よ、おまえもか、という感を深くするが、わが国が手をだそうとしていないのがせめてもの慰めである。
WEO創設の提唱
同誌六月号は「大氷解」という特集で、北極圏・南極圏あるいは各地の氷河の氷が温暖化によって融けだし、危機的状況であることを知らせている。十年まえまでは温暖化の元凶が、人間の手による二酸化炭素ガスの排出であることを疑う気象学者や気候学者がいたが、いまや疑うものはいない(ブッシュ政権が合衆国機関である各研究所にこうした主張やデータの発表をさせない圧力をかけたことは広く知られている)。また十年まえには誇張として批判を受けた諸データの推計が、誇張どころか現実はそれさえ超えているという恐るべき事実が明らかとなっている。
いまや回復不可能となる大自然の限界が先にくるか、そのまえに回復可能な数値にまで二酸化炭素ガス排出を抑制できるか、時間の競争となっている。
われわれ先進国の人間も、従来のままエネルギー消費をつづけるかぎり、非先進国のひとびとやわれわれ自身の子孫に対して、環境破壊に加担する加害者でありつづけることを自覚しなくてはならない。
だが同時に、この資源と市場の激烈な争奪戦争を終わらせないかぎり、人類の未来は存在しないし、そのためには国家が主導するだけではなく、強力な国際機関の介在による経済と産業の構造転換、いいかえれば文明そのものの転換を計らなくてはならない。
すでにフェア・トレードのための世界公正貿易機構(WFTO)の創設を提唱したが、今回はそのための世界環境機構(WEO)の創設を提唱したい。詳細についてはまた書く機会があるだろう。



