ヤマユリの季節は終わりに近い。そろそろウグイスも鳴きやむ頃だが、今年は新顔が登場して楽しませてくれた。わが家が寝坊なのを知っているらしく、早朝裏の森にやってきては、ホーホケキョならぬ、ホー・オキロ(起きろ)!と、防音のよい寝室にも届く元気な声を聴かせてくれた。ありがとう。

今朝二階に上がる階段に、大きなイエグモがいるので挨拶したが、お腹に白い袋を抱え、出産まじかを知らせていた。家の中で出産されると何百匹という蜘蛛の子が四方に散るので大変だと、よく言い聞かせ、ハンドタオルでそっと捉え、外に放してやった。

参議院議員選挙をカタルシスにしてはいけない 

 7月29日の参議院議員選挙で民主党が大勝し、自民党が歴史的敗北を喫した。連立与党の公明党も伸び悩んだが、野党の社民党も議席を減らした。他の野党ではわずかに国民新党が気を吐いたといえる。

多くの報道が指摘したように、年金や経済格差などの深刻な問題に加え、政治資金をめぐる各閣僚の醜聞や自殺、女性や原爆をめぐる失言など、選挙直前に噴出した安倍内閣の惨状が選挙を直撃したことは事実である。だがそれだけではこの歴史的選挙の底流を読み誤る。

これはたんに安倍内閣に対する国民の不信任の表明であるだけではなく、「小泉改革」にはじまるいわゆる改革路線に、国民の多数、とりわけ地方が反乱を起こしたのだ。すなわち「小泉改革」なるものは、たびたび述べてきたように、「規制緩和」「市場万能」「小さな政府」を合言葉にアメリカ合衆国が主導するグローバリズムに乗り、多国籍大企業・多国籍金融機関にのみ有利な政策を推進し、中小企業や地場産業を壊滅させ、貧富の格差・大都市対地方の格差を増大させ、労働条件を劣悪化し、国内の環境問題もそうであるが、資源争奪戦争によって地球環境を破壊し、人類を破滅の道に導く路線にほかならない。

安全保障や外交の面からしても、それはアジアとの協調を軽視し、日米安保条約の実質的な軍事同盟化をはかってアジアに無用な緊張を増大させ、ODA予算の削減によって貧困の撲滅や経済的南北問題解決の責任を放棄するという最悪の選択にほかならない。とりわけ安倍内閣は、拉致問題を口実に北朝鮮との関係を悪化させ、六カ国協議で孤立するという愚策の上塗りをし、朝鮮半島の非核化という最大の課題に背をむけることで、むしろ日本国民の安全をみずから台無しにている。

民主党も、この現実を国民の目に明確に示すことができず、ましてグローバリズムの方向転換をはかるような長期政策を打ちたてる目標や意欲さえもたないようにみえる。社民党は「護憲」「護憲」と叫ぶだけの「護憲カラス」でしかないし、国民はもう「同じ古い歌」(ザ・セイム・オールド・ソング)は聞き飽きたのだ。国民新党がわずかに気を吐いたのは、保守政党ではあるが、市場万能のグロ-バリズムへの危機感や社会的弱者への皮膚感覚的な関心が、地方の有権者の共感を呼んだのだといえる(ただし比例区候補にフジモリを担いだのはまったくいただけない)。

これからは参議院第1党となった民主党の力が試されるが、党内に「小泉改革」に共感し、日米軍事同盟化推進を望む若手の新保守主義者・新自由主義者を抱え、安全保障をはじめとする重要政策や路線の決定さえできないこの党に、ほとんど期待することはできない。

必要なのは政界再編である。民主党がこれらの新保守主義者・新自由主義者と訣別し、自民党の加藤紘一や谷垣派などに代表される新路線の模索派や、国民新党・新党日本などと合同し、アメリカ民主党など国際的な中道左派と連携できる党を立ち上げることができるなら、日本の未来にも希望がもてる。小沢代表は、政界をこうした方向に転換させるような「豪腕」を発揮できるのだろうか。