見渡す限りの大草原
メガネ:やあ、久しぶりだね。しばらく姿を見せなかったけど、キミはどこに行っていたの?
ヒゲ:いつものように、日本中をアチコチだよ。
メガネ:独り身だと自由でいいなぁ。
ヒゲ:キミこそ、最近モンゴルに行ったそうじゃないか。どうしてモンゴルへ?
メガネ:まあ、ひょんなことから。ひとつの理由は、ロシアと中国という大国に挟まれたモンゴルという国を、この目で見てみたかったこともある。でも、4泊5日の短い旅だよ。
ヒゲ:で、その印象は?
メガネ:とにかく、大草原ということだよ。首都のウランバートルから車で30分も走ると、もう見渡す限りの大草原。
ヒゲ:家などない?
メガネ:もちろん。点々と、放牧されている羊や山羊や牛、馬の群れが小さく見えるだけ。
ヒゲ:じゃあ、単調な風景なわけだ。
メガネ:たまに小高い丘があったりするけどね。そこも草原だよ。

延々と続く大草原


ヒゲ:移動は車で?

メガネ:そう、20歳代から80歳までの、職業もそれぞれの16人のグループで、バスをチャーターした。走れども走れども、同じような大草原。1500mの高地に、どうしてこんな広い草原があるんだろうと、不思議に思ったよ。
ヒゲ:その大草原を、チンギス・ハーンが、何万人ものモンゴル兵を引き連れて走り回っていたわけだ。
メガネ:そのとおり! その情景を想像したりしていると、少しも退屈しなかった。
ヒゲ:旅はしてみるもんだね。
メガネ:行ってみないと、その国の実像は理解できない。車で草原の真ん中を延々と走って、はじめて、ああ、これがモンゴルなんだ、と思ったよ。

渋滞の道にはトヨタの車
メガネ:日本語が堪能なモンゴル人のガイドがついてくれた。というよりも、彼が今度の旅行のお膳立てをしてくれた。
ヒゲ:その人はどこで日本語を?
メガネ:4年間日本に留学して、専門学校に通ったそうだ。社会情勢、歴史などにも詳しくてね、バスで色々講義してくれたよ。
ヒゲ:どんな話を聞いた?
メガネ:例えば車の話。モンゴルには鉄道がないので、車が主な交通手段だということ。それで、人口が集中しているウランバートル(300万人以上の総人口のうち、その半分がここに集中)では、道路の渋滞が著しく、大気汚染の原因になっているという。
ヒゲ:車は自国生産できているのかな。
メガネ:いや、バスの窓から車の往来を眺めていると、ほとんどが日本の車なんだ。それもトヨタが圧倒的。中古車が多いそうで、右ハンドル。

日本の中古車、とりわけトヨタ車が多い Photo by Yukio Morinaga

ヒゲ:モンゴルも車は左側通行なんだ。
メガネ:いや、右側通行だから、本来は左ハンドルのはずなんだけどね。ボクたちが乗ったバスは左ハンドルで、韓国製とのことだった。
ヒゲ:大気汚染の関連でいうと、ちょっと前テレビで見たんだけど、ゲル(遊牧民の移動式住居)から出る煙も無視できないようだね。
メガネ:そうかも知れない。夏でも夜は冷えるからストーブを焚く。冬はなおさら。燃料は石炭だからね。そのせいか、星はきれいに見えなかった。降るような星空を期待してたんだけど。

遊牧民はどこに?
メガネ:ガイドのMさんの実家は地方の遊牧民とのことで、興味深い話を聞くことができた。
ヒゲ:だいたい遊牧を仕事にしている人たちの比率は?
メガネ:Mさんの話では全人口の3割くらいとのこと。帰国して調べると、牧畜業のGDPに占める割合は12.3%、鉱工業が20%だから、モンゴルはこの2つの産業で成り立っているんだね。
ヒゲ:キミがバスの窓から見たのは、その遊牧の光景だったわけだ。
メガネ:といっても、大草原に、それこそ点のように家畜の群がいるだけだよ。人の姿なんて見えない。

羊、山羊、牛、馬、駱駝の群れが点々と

ヒゲ:遊牧民はどこに?
メガネ:Mさんに聞くと、羊、山羊、牛は夕方にはゲル近くに帰るという。馬と駱駝はのんびりしていて、1週間以上放ってあるらしい。放牧地とゲルまでは20kmなんて距離は普通だとか。
ヒゲ:うーん、ちょっと考えられないスケールの大きさだなぁ。

遊牧民のゲルを訪問
メガネ:遊牧民のゲルも訪問したよ。ボクたちが泊まった観光客用のゲルと構造的には基本的に変わらない。夫婦と子どもが3人で、15畳くらいの広さかな。

私たちが泊まったゲル Photo by Yukio Morinaga

ヒゲ:その構造は?
メガネ:中心の柱が2本あって、その上部から放射線状に梁が渡されている。これにフェルトを被せて屋根と壁を構成している。1、2時間で畳めるというから、軽くて合理的に作られているらしいよ。

遊牧民のゲル

ヒゲ:移動は馬や牛かな。
メガネ:いや、いまはトラック。この遊牧民の家族は、年に4回移動するという。
ヒゲ:どこに移動しても構わない?
メガネ:構わないけど、大体50kmの範囲だと。
ヒゲ:そもそもなぜ移動するんだろう?
メガネ:より良い牧草を求めてということだろうけど、季節によって生える草が異なる。それに、家畜によって食べる草の種類も異なるそうだ。
ヒゲ:牧草の種類は?
メガネ:詳しいことは聞きそびれた。でも、香りが高い草が多かったよ。ウランバートルに着いた夜、周囲からそこはかとない甘い香りが漂ってきた。あれは草の香りだったんだね。
ヒゲ:遊牧民のゲルで、あと特徴的な点は?
メガネ:入り口から入って突き当たりに仏の画像などが飾ってあった。そこは神聖な場所なんだろう。モンゴルではチベット仏教が主流なんだね。あと、待望の馬乳酒を振る舞われた。
ヒゲ:馬乳のお酒?
メガネ:司馬さんの『モンゴル紀行』には馬乳酒の印象的な記述があって、これはどうしても飲みたいと思っていたんだ。

馬乳酒をいただく Photo by Yukio Morinaga

ヒゲ:簡単には飲めないの?
メガネ:それまでの食事では出ることはなかった。遊牧民の飲み物かな。司馬さんは、遊牧民のゲルに行くたびに大量の馬乳酒を勧められて、いささか閉口している。子どもも飲むと書かかれているよ。
ヒゲ:えっ、アルコール度は?
メガネ:1〜2%かな。酸味が強くて、美味しいとはいえなかったなぁ。でも、ビタミンやミネラルが豊富で、野菜が少ないモンゴルでは貴重な飲み物だとか。
(つづく)

2024年7月22日 ワーニャじいさん