ヒゲ:このところ、毎年秋がなくなってるね。
メガネ:確かに。夏からいきなり冬になるって感じだね。合物の服を着る間もない。
ヒゲ:水元公園の桜も紅葉する前に散ってしまいそうだよ。
メガネ:でも、ハゼノキの紅葉はきれいだよ。
ヒゲ:ところで、キミはこのところよく旅をしてるね。
メガネ:旅といっても、キミのように長期間のものではなく、短いものだよ。
ヒゲ:どんな旅だったの?
メガネ:ひとつは、中学の同窓会で田舎に帰った。
ヒゲ:ほう。キミは同窓会など出ない方針じゃなかったの?
メガネ:まあね。色々理由があって、出るハメになってしまった。60数年ぶりの旧友たちに会ってきたよ。
ヒゲ:同窓会といえば、孫の話と病気の話ばかりじゃないの? オレは行ったことないよ。
メガネ:キミは群れることが嫌いだからね。ボクは一匹狼のキミとは違う。
ヒゲ:で、同窓会はどうだった?
メガネ:同窓会はこのところ毎年やっていて、田舎の連中はその度に顔を合わせている。
ヒゲ:じゃあキミは異分子だったわけだ。
メガネ:そんなことはなかったね。しがらみの多い60年をカットして、いきなり中学生に戻った気分だったよ。
ヒゲ:懐旧の念に満ちていたわけか。
メガネ:そうでもない。それぞれが生きてきた歴史は、否定しようはないしね。
メガネ:僕たちの中学は、A・B各組それぞれ50人で、1学年100人しかいない。
ヒゲ:それは少ない。我々は団塊の世代で、人数も多かったはずだけど。オレたちの中学は7クラスあったよ。
メガネ:ボクの出た中学は仏教系の私立だったからね。高校は県立で、14クラスあったな。
メガネ:それはともかく、1泊2日の会で、参加者は17名。名簿を見ると、18名が亡くなっている。連絡がつかない者が6名。ちょっと驚いたのは、死亡者のうち女性は2名。
ヒゲ:うーん、男はストレスが多いというわけか。
メガネ:もともと女性は少なかったし、たまたまかも知れないけどね。
ヒゲ:我々の世代で、死者が2割弱というのは多いのか、少ないのか。
メガネ:仲の良かった旧友が亡くなったと知ったことも、今回出席したひとつの理由だよ。
メガネ:同室になったのは、地方の銀行を勤め上げた旧友で、農家の長男。彼の話は興味深かった。
ヒゲ:彼は田舎を離れたことはないの?
メガネ:いや、確か大学は京都だったはず。卒業して地方の銀行に就職した。それからずっと実家暮らし。
ヒゲ:先祖からの家を守ってきたわけだ。オレたちのような根無し草じゃないね。
メガネ:興味深かったのは、地域の共同体が生きているということだよ。お寺を核とした檀家制度もね。
ヒゲ:キミの実家は大きなお寺の門前町だよね。
メガネ:そう、真宗高田派の本山・専修寺(せんじゅじ)の門前町だよ。そこで履物店を営んでいた。
ヒゲ:専修寺との関係は?
メガネ:墓は専修寺の境内にある。周辺に末寺がいくつもあって、我が家はそのうちのある寺と檀家の関係にあった。
ヒゲ:それじゃ、檀家共同体なんかもあったのでは?
メガネ:高校を卒業して実家を離れたこともあって、詳しいことは知らない。でも、商店街をつないでいたひとつの絆が仏教であったことは確かだよ。
ヒゲ:それぞれの商店は同じお寺の檀家?
メガネ:それはない。属するお寺はそれぞれ違う。
ヒゲ:では、仏教の何が絆になっていたの?
メガネ:月に1度の念仏の集い。各家が交代で場所を提供する。
ヒゲ:ほう。お経を読むわけか。
メガネ:そう。幼い頃は興味本位でその集いを覗いていたから、ボクもいくつかのお経の初めは唱えられる。
ヒゲ:キミは宗教的な環境で育ったんだねぇ。
メガネ:宗教に関する記憶はそれくらいで、旧友が話してくれた共同体とはほど遠い。ただ、それぞれの家は子どもたちに開放されていて、自由に行き来できた。柿の木に登っても、屋根の上を走り回っても、誰からも叱られることはなかったよ。
ヒゲ:それはある種の地域共同体かな。
メガネ:旧友の属するお寺の檀家は80戸だそう。その規模は小さい方だとか。とにかく80軒がそのお寺を支えている。
ヒゲ:どんなふうに?
メガネ:農家が中心だから、水の管理など共同であたる事柄は多い。冠婚葬祭はもちろん、助け合いの精神が息づいている。
ヒゲ:安心できる空間が自然と生まれるんだろうね。
メガネ:老朽化した寺の建て替えに、各家は100万円拠出したという。
ヒゲ:先日観たドキュメンタリー映画『五香宮の猫』の監督・想田和弘さんは、27年間暮らしたニューヨークから、映画の舞台の牛窓という地域に移住した。瀬戸内海に面した小さな漁村だけど、濃密なコミュニティが生きている。
メガネ:友人の村は伝統行事なども生きていて、おそらくその牛窓とも共通するところがあるんだろう。
ヒゲ:個人主義が徹底しているアメリカに27年間も住んで、なんで人間関係が密で複雑な漁村に移住したのか、考えさせられたよ。
メガネ:自然豊かな牛窓の風土に魅せられたのかも知れないし、むしろ、アメリカで長年暮らしたゆえかも知れない。人間関係の煩わしさを超えた、心落ち着く豊かさとでもいったものがあるのかもね。
ヒゲ:キミはいい旅をしたよ。
2024年11月20日 ワーニャじいさん