人間にとって労働とはなにか――ウィリアム・モリスから宮沢賢治へ

講師:大内秀明、北沢方邦

この2月7日、東京都美術館で開催されている「アーツ&クラフト展」を見に行った。ウィリアム・モリスの壁紙やタペストリーなどの工芸品は美しいには違いないが、私とは別世界のものだという印象をそれまで持っていた。しかし、この展覧会の二週間前に、マルクス経済学者の大内秀明先生を講師にお迎えして、モリスに関するお話を伺った後でもあり、私のモリス観はかなり変化していた。彼の壁紙作品などに描かれている植物や動物たちの背景に、モリスの豊かな自然観や労働観を感じとることができ、実りあるひとときを過ごしたのだった。

大内先生のセミナーのタイトルは「人間にとって労働とは何か――ウィリアム・モリスから宮沢賢治へ」であった。モリスと賢治の思想と生き方がお話の中心であったのだが、二人の作品が生み出された背景もよく理解できた。コッツウォルズの豊かな自然とモリス、イーハトーヴの、厳しいけれど懐かしい風景と賢治。風土を抜きにして二人の芸術を理解することはできないようだ。

モリスは、イギリスの産業革命による機械制工業化の時代に生まれている。彼は後期マルクスの『資本論』から、コミュニティの再建、共同体を中心としたギルド的社会主義を学び、「アーツ&クラフト運動」として実践したとのこと。モリスの美術作品の制作過程は、それこそ彼の思想の実践だったのだと納得できた。彼にとっての労働とは、 Art is Man’s Expression of his joy in labor(労働の芸術化、芸術の労働化)であり、joy and pleasure であったのだ。

これは、A・スミスによる古典的な労働価値説にいう、労働とは toil and trouble という考え方とは大きく異なっている。また、ロシア革命に疑問を持っていた宮澤賢治は、「農民芸術概論綱要」の中で、労働についてこう言及している。「芸術をもて、あの灰色の労働を燃やせ」と。これは、ウィリアム・モリスの  Art is Man’s Expression of his joy in labor を引用、継承したものであるとのお話だった。

大内先生のセミナーが行われたのは、アメリカのサブプライム問題に端を発した金融経済恐慌で世界が揺れている最中だった。日本では、従業員の大量解雇、内定取り消しが相次いでおり、日比谷公園で寝泊まりする若者のニュースがマスコミを賑わせていた。この出来事についての大内先生の次の言葉は納得のいくものだった。「昔なら、都市で過剰労働力となった者は、農村に帰っていった。しかし現在では、家族や共同体の崩壊により、すでにそのような仕組みは働かず、農村はセイフティネットの役割を果たさなくなってしまっている。

国家社会主義が崩壊し、資本主義社会も先が見えない現在、モリスと賢治の思想は見直されなければならないとのこと。新しい形の共同体、コミュニティからこそ、未来を展望できるということだろう。(徳武)