魔女の恋と色彩感あふれる古楽――バロックオペラ『アルミード』
ジャン=バティスト・リュリ(1632-87)は、1685年生まれのバッハとヘンデルよりも、50年以上も前に誕生している。その彼が晩年に作曲した『アルミード』が、昨年末に日本初演された。舞台装置を伴わないセミステージ形式であったが、衣装は工夫され、演技では達者な芸を見せてくれた。そして何よりも、音楽の充実ぶりには驚かされた。寺神戸亮率いる古楽演奏集団レ・ボレアードは、重層的な音楽を色彩感豊かに奏してくれたし、歌手それぞれ、バロック唱法を駆使して楽しませてくれた。
リュリはイタリア生まれではあるが、フランス国王ルイ14世時代の宮廷音楽家として有名である。国王は彼を寵愛し、宮廷音楽総監督に任命した。『アルミード』を題材に選んだのも国王であったようだ。全5幕のプロローグでは、筋に関係なくルイ14世を讃えている。
バレエはフランスバロックオペラでは重要な位置を占める。今回の上演では、各幕でバロックダンスを堪能することができた。優雅な音楽に乗って、複雑な、しかし、しなやかなダンスである。振付の資料は現存しているようだが、それを読み解いて舞台に乗せるには、大変な努力が必要だったのではないか。世界で活躍している4人のバロックダンサーのバレエは、今回の目玉のひとつであった。ルイ14世もあのように踊ったのだろうと、楽しく想像した。
19世紀前半に流行したオペラ様式に「グランドオペラ」がある。パリオペラ座を中心としたものだが、ここでもバレエは重要な位置を占めていた。ヴェルディの『オテッロ』なども、オペラ座で上演するときには大規模なバレエを挿入したようだ。フランスオペラのバレエ重視は、リュリの時代にはじまったといえるのかもしれない。
さて、『アルミード』の台本はフィリップ・キノ―だが、原作はトルクァート・タッソの『解放されたエルサレム』である。十字軍とイスラームの戦いを題材にしている。アルミードはイスラーム側の魔女。彼女と十字軍の戦士ルノーとの恋のさや当てが主題である。同じ原作を用いたオペラが他にもあり、有名なのがヘンデルの『リナルド』。タイトルのリナルドはルノーのことであり、魔女はアルミーダとなっている。
ヘンデルの作品は、タイトルどおりリナルドが主人公で、その活躍ぶりを描いている。敵の策略で捕えられるのだが、彼は屈することはない。アルミーダの巧みな魔術をもくぐりぬける。そして、充実したヘンデルの音楽は、聴くものを飽きさせない。アリア「私を泣かせてください」など、抒情性も豊かである。
いっぽう、リュリは、魔女アルミードの恋の懊悩に焦点をあてる。捕らえたルノーを一目見て、彼女は恋の虜になる。ルノーを殺せば勝利は間違いないにもかかわらず、彼女は逡巡する。そして、殺す代わりに、もっとも残忍な刑を与えることにする。それは、恋の炎をルノーに植えつけることだった。アルミードへの恋の炎である。恋の二面性、喜びと苦しみ。その苦しみをなめてみよ、ということである。そしてそのことが、自らの心に跳ね返ることになる。ルノーの恋は魔法による偽もの、しかし自らの恋は真実のもの。アルミードは二重の苦しみを味わうのだった。
リュリの『アルミード』は上演が繰り返されて、評判をとったという。ルイ14世の宮廷においても、恋の重層性が貴族の心に響いたのであろう。デジタル時代を生きる私たちの心にも訴えたように、そのテーマは見事に普遍性を帯びていた。
リュリの音楽も魅力に満ちている。ルノーが眠りにおちいる甘美な音楽(第2幕)、そして何より、第5幕の長大なスケールのパッサカリア。圧倒される思いであった。主唱したテノール、中嶋克彦の伸びやかな声が忘れ難い。長年の夢を実現してこのオペラを上演してくれた寺神戸亮氏のご努力に対して、改めて御礼を申し上げたい。
2022年12月11日 於いて北とぴあさくらホール
作曲:ジャン=バティスト・リュリ
台本:フィリップ・キノ―
初演:1686年 パレ・ロワイヤル
指揮・ヴァイオリン:寺神戸亮
演出:ロマナ・アニエル
アルミード:クレール・ルフィリアートル
ルノー:フィリップ・タルボ
フェニス/メリッス:湯川亜也子
シドニー:波多野睦美
イドラオ/憎しみ:与那城敬
アロント/ウバルド:山本悠尋
アルテミドール/幸運な恋人:中嶋克彦
ニンフ:鈴木美紀子
勇敢な羊飼い/リュサンド:鈴木真衣
デンマークの騎士:谷口洋介
振付・バロックダンス:ピエール=フランソワ・ドレ
バロックダンス:ニコレタ・ジャンカーキ、松本更紗、ダリウシュ・ブロイェク
管弦楽・合唱:レ・ボレアード
2023年1月8日 j.mosa