「真実」の断片で判断してはならない――イルケル・チャタク『ありふれた教室』

ドイツの中学校の教室が舞台のひとつである。日本の学校と異なるのは、生徒たちが多様だということ。アジア、アフリカ、中近東など、ヨーロッパ系ではない顔も多い。移民に寛容なドイツの政治状況がよく理解される。しかし、政策が寛容だからといって、差別がないとはいえない。

学校では盗難が頻発する。犯人探しがはじまるのだが、まず疑われるのは移民の子どもたちだ。クラスの担任は、新任の若い女性教師、カーラである。彼女もポーランドからの移民で、国を同じくする同僚とも母国語で話すことを控えている。何気なくドイツ社会の一面を表現して、なるほどそうか、と思わせる。監督のイルケル・チャタクは、トルコ系移民2世。

学校当局は犯人探しに前のめりである。生徒一人ひとりから目撃情報を得ようとする。それに対して生徒は反発する。密告を奨励するのか、と。学校権力に対する生徒たちの立ち位置は明確である。日本の学校では考えられない。カーラは生徒に寄り添う。

そして彼女は、事件を解決すべく一計を思いつく。パソコンの動画撮影機能をオンにしたまま、席を外したのだ。戻って財布を見ると、現金がない。動画には特徴的な服の一部が映っている。オスカーの母親の服であった。オスカーは優秀な生徒で、母親はこの学校の職員。シングルマザーである。

犯行を指摘されると、母親は憤り、激しく否定する。そしてカーラは、犯行を盗撮したと、行為の卑劣さを非難されることになる。親たちからも、生徒たちからも。教師仲間も、彼女の行為を歓迎するそぶりはない。カーラは孤立する。

とはいえ、撮影された動画は決定的な証拠だと、教師たちは警察に捜査を依頼しようとする。シングルマザーという境遇も、オスカーの母親には不利であった。しかしカーラは乗り気ではない。母親が犯人だとはいい切れない、と思いはじめている。

カーラとオスカーの関係は、この映画の大切な要素である。オスカーは優秀で沈着な生徒。カーラのお気に入りである。しかしオスカーは、母親の件でカーラに反発する。証拠の動画が入ったパソコンを川に投げ入れてしまう。それでもカーラは、オスカーを庇う。彼の立場を理解しようとする。

この映画には明確な結末はない。オスカーの母親がどうなったかは分からないし、盗難事件の犯人は不明のままである。カーラがこれからどういう行動をとるのかも、観客の想像力に任される。しかし、カーラとオスカーが黙って見つめあうラストのシーンからは、人間に対する信頼を垣間見ることができる。

この映画は、学校で起きた盗難事件を軸に、ドイツ社会の実相をリアルに描いている。とりわけ、移民・人種問題の根の深さに、思いを致さないわけにはいかない。それと、人を疑うことには慎重でなければならないと、肝に銘じた。「真実」の断片で判断してはならない。もちろん、人種やシングルマザーなどの属性で判断してはならない。

2024年5月29日 於いてシネスイッチ銀座

2022年ドイツ映画
監督・脚本:イルケル・チャタク
脚本:ヨハネス・ドゥンカー
撮影:ユーディット・カウフマン
出演:レオニー・ベネシュ、レオナルト・シュテットニッシュ、エーファ・レーバウ、ミヒャエル・クラマー、ラファエル・シュタホヴィアク

2024年6月28日 j.mosa