現代ダンスに甦るバロックオペラ――ラモーのオペラ=バレエ『エベの祭典』
各国のオペラを比較して、フランスのオペラは、バレエの重視が特徴であるといわれる。ラモーのこの作品を観て、その事実を正確に認識した。オペラが誕生してせいぜい100年のこの作品からして、すでに「オペラ=バレエ」というジャンルに分類されているのだ。
この時代のバレエは、踊り方に厳密な規則があった。優雅でありながら、動きは複雑である。それは、寺神戸亮が主催する北とぴあ国際音楽祭で、何度も体験したことだ。リュリの『アルミード』やラモーの『レ・ボレアード』など、音楽とともに、私たちはバレエも堪能した。踊り手も、バロックダンスの専門家を海外から呼んでいたのだった。
ラモーは、「オペラ=バレエ」作品であるこの『エベの祭典』を、当然のことながら、優雅で細やかな踊りを想定して作曲したにちがいない。ところが、2024年12月に、パリのオペラ・コミック座で上演されたこのプロダクションは、見事にラモーの意図を裏切ったものとなった。
踊りも、時代とともに変遷する。プティパとイワーノフの古典的な『白鳥の湖』と、ベジャールのエネルギーに満ちた『春の祭典』を比較するとよく分かる。もっとも両者は、音楽そのものが変革されているのだが。同じ音楽を背景としながら、踊りの形態ががらりと変わったのが、今回の上演である。
その踊りは、エネルギーと活力に満ち溢れている。洗練さとはほど遠く、バロックダンスの歴史的様式も軽やかに放擲して、まさしく現代のダンスに変換された。18世紀のラモーの音楽から、どうしてあのようなダンスが生まれるのか、驚くばかり。
もっとも、ウィリアム・クリスティ指揮のレザール・フロリサンの奏でる音楽が、リズミカルで生気に溢れている。彼のいささかきざな両手の動きから導かれる音は、いかようにもしなやかな踊りを生みだすのだろう。輝かしい合唱も聴きごたえ十分。
舞台はギリシャ・ローマ時代の神々の世界ではなく、現代のパリ。セーヌ川のほとりである。世相を反映して、歌手たちはスマホを巧みに操る。自撮り棒で撮影された映像がそのまま背景に投影される。また、第2幕の戦闘の場面は、なんとサッカーの試合に変換されている。このビデオを100年後の人が観たら、2020年代の世界をどのように想像するだろうか。ロバート・カーセンが舞台に描いた現代の風俗は、そんな興味をも抱かせる。
プロローグを除いて、3幕すべてで主役を歌ったレア・デザンドレが聴きものである。幕の性格を巧みに歌いわけ、しなやかな踊りも見せてくれる。このような舞台万能の歌手が出現したことを喜びたい。総じて、歌手、合唱、オーケストラ、ダンスが一体となって、バロックオペラを現代に甦らせた、素晴らしい上演であった。
2024年12月17・18日 於いてオペラ・コミック座
(2025年3月10日 NHKBSで放映)
指揮:ウィリアム・クリスティ
演出:ロバート・カーセン
振付:ニコラ・ポール
エベ/川の妖精:エマニュエル・ドゥ・ネグリ
サッフォー/イフィーズ/エグレー:レア・デザンドレ
愛の神/小川の化身/女牧童:アナ・ビエイラ・レイチ
モミュス/メルキュール神:マルク・モイヨン
イーマス/ティルテ:レナート・ドルチーニ
小川の化身/リュクルゴス:シリル・オヴィティ
ユーリラ/アルセー:リサンドロ・アバディ
テレーム:アントナン・ロンドピエール
大河の化身:マチュー・ヴァレンジク
管弦楽・合唱:レザール・フロリサン
2025年4月23日 j.mosa