イスラームの寛容――モーツァルトのオペラ『後宮からの誘拐』
現代の世界は、アメリカの主導する経済のグローバリズムに、すっかり席巻されている。それに対抗しうる政治勢力はきわめて少なく、イスラームはその中の最大のものといっていいだろう。もちろん、自爆テロをはじめとするその戦いの方法は受け入れることができないが、イスラームの中に、反グローバリズムの確かな精神的背景を探り出したい気持ちは強くある。
このブログの2007年8月28日号で、北沢方邦先生は中世のイスラーム文明について書かれている。それによるとイスラームは、数学、化学、医学、天文学、建築学、航海術、さらには哲学、文学、音楽と、あらゆる文化の領域にわたって豊かな成果を生み出している。これらの文化的遺産がなければ、現代の世界はまったく異なったものになっていただろう。そしてその豊穣な文明が生まれた背景には、イスラームの宗教的寛容があったという。ユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教、ヒンドゥー教が、イスラーム教とともに併存していたというのだ。グローバリズムを推進する現代世界の主流勢力はもちろん、肝腎のイスラームも、残念ながら、もっとも大切なイスラームの精神、「寛容」を学んでいないということになる。
『後宮からの誘拐』は、モーツァルト14番目のオペラで、1782年に初演された。1782年といえば、モーツァルトがザルツブルクの宮廷から飛び出し(つまり脱サラをし)、ウィーンで自由な音楽家として出発した翌年にあたる。コンスタンツェ・ウェーバーと結婚したのもこの年で、いわばモーツァルトがもっとも活力にあふれ、またおそらく幸せな時期でもあったろう。明快なメロディーと弾けるリズム、若さあふれる意欲作である。そしてこの作品を特徴づけるもうひとつの大きな要素が、「イスラーム」なのである。
13世紀末に登場したオスマン帝国は、16世紀にはアジア・アフリカ・ヨーロッパにまたがる勢力を持ったが、17世紀末からは衰退に向かっていた。モーツァルトの時代にはもはや脅威ではなくなり、むしろその文化は、異国情緒を醸し出すオリエンタリズムの魅力で、多くの芸術家たちを惹きつけていたようだ。モーツァルトも、有名なピアノ・ソナタK331やヴァイオリン協奏曲K219に、トルコ風の音楽をつけている。トルコ風の音楽とは、トルコの軍楽隊の音楽で、何よりも弾けるようなリズムが特徴である。シンバル、トライアングル、大太鼓など、打楽器が大活躍をする。
『後宮からの誘拐』は、まず序曲からしてトルコそのもの。指揮者のミンコフスキーの大きな丸っこい身体が、右に左に、上に下に、リズミカルに躍動する。大成功の初演に臨席したモーツァルトの得意満面の顔も浮かんでくるようだ。そして、トルコ音楽をもっともよく体現しているのが、後宮の番人(この上演では太守の秘書官)オスミンである。最初の台本ではほんの端役だったそうだが、モーツァルトが大きく手を加えて、このオペラの一方の要の役となった。恋人の救出を阻むいわば悪役なのだが、どこか憎めないキャラクターで、魅力的な音楽がふんだんに与えられている。『後宮』の魅力は、何よりも、このオスミンにあるといっても過言ではないだろう。モーツァルトは、大衆の心をつかむ術をよく心得ていたと、感心せざるをえない。
オスミン役のフランツ・ハヴラタ、囚われの女性コンスタンツェ役のクリスティーネ・シェーファーなど、歌手陣は総じて巧みで、ミンコフスキーの指揮も最後まで躍動感を失わない。申し分のない演奏といえる。しかし、この上演を特別に印象深くしているのは、何よりも、パレスチナ人であるフランソワ・アブ・セイラムによる演出である。
この上演は現代劇である。後宮は有刺鉄線で囲われ、武装した兵によって厳重に守られている。こうしてのっけから、イスラームと西洋世界の対立の構図を見せつけられる。太守セリムはビジネスマンなのか、仕事着はスーツである。しかし室内ではアラブ風の服装で、そこではイスラームの音楽が奏でられている(これはもちろんモーツァルトの原曲にはない)。彼はアラビア語(?)でコーランを読む。後宮は濃密なイスラームの世界であり、太守セリムはその伝統を守りながらも、西欧の知識にも通じた知識人なのである。心の通じ合わない愛などありえないこともよく理解している。コンスタンツェを愛しながら、彼女にそれを強要することはない。
この太守役のアクラム・ティラウィがなかなかいい。テル・アヴィヴ大学で演劇を学んだ人らしいが、若々しくて情熱的、しかも知的という、女性に好まれる要素をたっぷりと備えている。囚われのコンスタンツェが、抗いながらも惹かれていくのも、もっともだと思わせる。恋人ベルモンテは、危険を冒して彼女を救いに来ているのだが、人間的魅力という点では太刀打ちできない。
芝居としてのハイライトは最後の場面。後宮から逃走しようとするベルモンテとコンスタンツェたちは捕らえられ、まさに死刑に処せられようとする。ベルモンテが太守の宿敵の息子だとわかってさらに危機は深まる。しかし太守セリムは、彼らの命を救うのである。憎しみには、憎しみにかえて、寛容で応えるほかはない、というのが太守の哲学なのだ。当時の啓蒙君主・ヨーゼフ2世の寛容を称える意図はあったにせよ、イスラームの太守の道徳律が、西洋人ベルモンテ一族(スペインの貴族)のそれよりもはるかに勝っていることを、このオペラは明確に伝えている。原曲の精神を踏まえたうえで、この上演は、太守の美しい旋回舞踏で幕を閉じる。中世イスラームの神秘思想スーフィズムの、神との一体感を表現するのが旋回舞踏だといわれている。私たちは今こそ、イスラームの精神を、真剣に学ぶ必要がありそうである。
1997年8月 ザルツブルク・レジデンツ
指揮:マルク・ミンコフスキー
演出:フランソワ・アブ・セイラム
[コンスタンツェ]クリスティーネ・シェーファー
[ベルモンテ]ポール・グローヴズ
[ブロントヒェン]マリン・ハルテリウス
[ペドリルロ]アンドレアス・コンラート
[太守セリム]アクラム・ティラウィ
[オスミン]フランツ・ハヴラタ
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団、
ウィーン国立歌劇場合唱団
2008年4月17日 j-mosa



