幽玄な水彩点描画――矢代秋雄『チェロ協奏曲』
沖澤のどかはどのようにR.シュトラウスを振るのだろうか、という興味で出かけたコンサートだった。大オーケストラはよく鳴って躍動的。それに沖澤は、一音一音をコントロールするかのような的確な指揮で、作曲家の世界を見事に再現した。あまり演奏されることのない『家庭交響曲』では、夫婦と子どもの家庭を音で想像することができた。
R.シュトラウスの音楽は堪能でき、沖澤の実力は十分理解できたのだが、じつはこの夜のハイライトは、矢代秋雄の『チェロ協奏曲』であった。私は矢代の作品をはじめて聴いたのだが、何十年間にわたる自らの音楽体験を、根底から反省させされることになった。日本の現代音楽にとって大切な矢代秋雄を、なぜ聴きのがしていたのか、という反省である。
矢代秋雄は、黛敏郎や武満徹とほぼ同世代の作曲家だ。ただ、1976年に46歳で亡くなっているゆえ、作品は多くない。『チェロ協奏曲』は1960年、彼が31歳のときの作品である。当夜のプログラムによると、NHK交響楽団初の世界一周演奏旅行に際しての、委嘱作品であったらしい。初演の指揮者は28歳の岩城宏之、チェロ独奏はなんと18歳の堤剛であった。4月14日は、それから66年を経た、堤83歳の演奏だったことになる。
矢代秋雄の『チェロ協奏曲』は、水彩の点描画だった。単彩から明彩まで、色遣いは多彩。和楽器や日本のメロディを安易に使うことなく、西洋音楽とはまったく異なる世界を表現していた。チェロの弦を琵琶のように弾く箇所や打楽器の響きなどから、日本の音楽とも感じられるのだが、いわゆるジャポニズムの匂いはない。
多彩なオーケストラの楽器の音色が、思わぬところから響いてくる。分厚い油絵重ね塗りのR.シュトラウスとは対照的だ。あえていえば、ドビュッシーの響きに近い。チェロとフルートの掛け合いはことに美しく、うっとりさせられる。しかし、西洋音楽とは一線を画している。エネルギーに満ちた黛や沈黙重視の武満とも異なっていて、さらに矢代の代表曲を聴かねばならない、と強く思った。
堤は集中力を切らさず、神秘性に満ちた曲の核心を深々と名演。拍手鳴り止まず、アンコールのバッハは、悠々と枯淡の境地であった。
2026年4月14日 於いてサントリーホール
R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」Op.20
矢代秋雄:チェロ協奏曲
R.シュトラウス:家庭交響曲Op.53
アンコール
バッハ:無伴奏チェロ組曲第5番よりサラバンド
チェロ:堤剛
指揮:沖澤のどか
管弦楽:京都市交響楽団
2026年4月17日 j.mosa



