ジェンダーを超越した女性刑事――シリーズ「第一容疑者」のヘレン・ミレン

世の中には、刑事物の映画やテレビドラマは氾濫している。私は結構好きで、よく観たものだ。思いつくまま列挙してみても、かなりの数になるかもしれない。古いものでは『ダーティハリー』(1971年)や『フレンチ・コネクション』(1971年)。これらはシリーズ化されて、全部観たのではないか。主人公の刑事はいずれもはぐれもので、1970年頃の、反権力闘争時代の社会を反映している。スティーブ・マクィーン主演の『ブリット』(1968年)もそのうちの1本かもしれない。

テレビドラマで熱中したのは、もちろん「刑事コロンボ」。1968年に第1話がアメリカで放映されて、2003年までになんと69話もつくられている。私は全話観たはずだが、よれよれのレインコートをはおり、ポンコツの愛車プジョーを駆るコロンボの謎解き劇に、毎回熱中したものである。

最近では、2002年から15年にかけて28話つくられたイギリス発の「刑事フォイル」。Foyle’s Warの原題からも分かるように、これは第2次世界大戦中の物語である。空軍のパイロットである息子のPTSDなど戦争の悲惨さも描いた、社会派の刑事物。マイケル・キッチン演じる初老のフォイルは、慈愛に満ちていい味を出している。

さて、上に挙げた、私の愛した刑事たちは、いずれも権力からは遠く、魅力に溢れている。しかしながら、すべてが男性である。警察という組織は、軍隊と同じように、女性には縁遠い。そんな常識のなか、女性を主役とする警察ドラマがイギリスに登場した。1991年から2006年まで、9話のドラマがつくられた。シリーズ「第一容疑者」は、テレビドラマであるにもかかわらず、1話2時間あるいは4時間の長尺で、物語はじつに奥が深い。

主役のジェーン・テニスンを演じたのはヘレン・ミレン。46歳から61歳まで、役と同じ年齢を生きて、ドラマに圧倒的なリアリティを生んだ。そもそも最初からシリーズ化を想定していたわけではなく、好評にこたえて、間をおきながらも15年間続いたのだろう。しかしこの歳月が良かった。人間テニスン、即ちヘレン・ミレンの老いと成熟が、意図されることなく表現されて、ドラマに奥行きを与えたのだ。

テニスンはスーパーウーマンとは程遠い。日々事件を追いながら昇進も夢見る、普通の刑事である。ただ刑事を志したのだから、もちろん気性は誰よりも強い。また女性であるという性は、警察機構のなかでは異質であり、ジェンダー問題を引き起こさざるをえない。警部としてある署に配属されたテニスンの部下はすべて男性。「なんだ女か」と蔑みの目で見られ、捜査にも非協力的な態度を示される。しかしテニスンは、どこかの首相のように、「女性性」をはしたなく強調するなどせず、自らの主張を通すのだった。

このドラマは、主役のテニスンがひとりで活躍するのではなく、組織として事件にかかわる。それゆえ、警察機構がどういうものであるかがよく分かる。巡査-巡査部長-警部補-警部-警視-警視正という職制について、はじめて認識した。テニスンは、ドラマの最初は警部として登場するが、最後は警視となっている。取調べには弁護士が同席するなど、日本ではまだ実現していない形態もリアルに目にできる。ロンドン警視庁が新人研修にこのドラマを使ったというが、全話それほどのリアリティがある。

シリーズ「第一容疑者」には、人間が深いレベルで描かれている。テニスンの性、アルコール中毒、老い、事件への執念。この多面的な視点は犯人にも注がれて、殺人が業にも似た行為であることにも合点がいく。そして、事件の背景の社会情勢も的確にとらえている。第8話「姿なき犯人」はボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を扱っており、1992年から95年にわたる悲惨な紛争が、イギリスにも深い影を落としていることが実感させられた。

第9話「希望のかけら」を観終わって、私はすっかりテニスン(ヘレン・ミレン)・ロスに陥った。けれどもしばらくして、NHKBSで映画『クィーン』(2006年)が放映されて、少し元気を取り戻した。ヘレン・ミレンは、刑事テニスンからエリザベス女王に変身して、元気な姿を見せてくれた。

2026年1月~3月 J:COM BS で放映

⚫️30日深夜(31日の0時)からJ:COM BSで再放送が始まる。それぞれの回は独立していて、どの回から観ても楽しめる。

2026年5月29日 j.mosa