シェイクスピアの妻は魔女なのか?――クロエ・ジャオ『ハムネット』

ウィリアム・シェイクスピアは、1564年、ロンドンから160kmの小さな町、ストラトフォード・アポン・エイヴォンに生まれた。82年にアン(アグネス)・ハサウェイと結婚、83年に長女スザンナ、85年には長男ハムネットと次女ジュディスの双子が生まれる。「ウィキペディア」からは、このような情報は得られる。しかし結婚後、ロンドンの劇壇に名を現すまでの数年間の記録はほとんどなく、「失われた年月(The Lost Years)」と呼ばれる、とある。

この映画は、その「失われた年月」を、最新の研究と作家・監督の想像力を駆使して、見事に再現した。観る者は、シェイクスピア本人と家族の人間像ばかりか、16世紀末の田舎町、家の構造、食卓の有様、町を取り囲む自然、そして大都市ロンドンまでもを、手にとるように提供される。臨場感あふれる映像である。

大自然のなかの大きな木。その根がつくりだす洞に丸まって眠るひとりの女性。眠りから覚めた彼女は森に分け入り、遥か彼方の木に止まる鷹を呼び寄せる。陽に焼けた、野生的な表情。後にシェイクスピアの妻となるアグネスの、この印象的な登場で映画がはじまる。

ウィリアムは、町の学校でラテン語を教えている。教室の窓から、遠くにアグネスの姿をとらえる。それは、自然のなかを渉猟し、野生味をたたえた彼女の姿であった。詩を書き、文学を愛するウィリアムとはおよそ世界を異にする女性。おそらく彼は、それゆえにこそ、アグネスに惹かれたのだ。

ここで疑問が生じる。ストラトフォードは、人口わずか2000人ばかりの小さな町なのだが、ここで生まれ、教育を受けたウィリアムが、なぜ高度なラテン語を身につけていたのか。彼の実家は革手袋製造業で、その工房も映し出される。映画で説明されないことは自分で調べる他はないのだが、父親は町長も経験した知識人であったらしい。それに町には、グラマースクール(文法学校)という中高一貫の学校があり、オックスフォード大学などを出た教師が教えていたという。ウィリアムはこの学校の教師でもあったのだ。

さて、ウィリアムとアグネスは結婚に至る。今でいう「できちゃった婚」で、「魔女の系統の女なんて」と反対されるのだが、ウィリアムは押し切る。アグネスは、自然と一体化した「魔女」でもあったと映画は暗示している。このことは、彼女とロンドンの関係にも関わる。ウィリアムは新しい世界を求めてロンドンに出奔するが、彼女は従わない。2人は世評のような不仲であったわけではなく、アグネスからストラトフォードの自然は切り離せなかったのだ。

ロンドンとストラトフォード、この2つの町での別居生活が、ウィリアムとアグネスに悲劇をもたらす。長男ハムネットの死。親にとって、子どもの死ほど耐え難いものはない。狂気をもたらすほどの衝撃を、アグネスはひとりで受け止めなければならなかった。ウィリアムは、ハムネットの死に間に合わなかっただけではなく、早々にロンドンに帰ってしまう。劇団の長として、舞台に穴を空けるわけにはいかなかったのだ。ウィリアムの不在は、幾重にもアグネスを打ちのめす。

ハムネットの死は1596年、11歳の時である。傑作『ハムレット』が上演されたのが1601年。映画は、この2つの出来事に強い関連性を持たせる。ハムネットとハムレットはほとんど同義で、『ハムレット』上演に合わせてアグネスはロンドンに赴く。ウィリアムを非難するためである。可愛い息子について、いったい貴方は書く資格があるのか、と。

亡き父王の亡霊(演じたのはウィリアム!)とハムレットとの強い結びつき。恋に悩み、死を恐れるハムレット。しかし終幕、父王の恨みをはらしたハムレットは、謀られた毒が体をめぐるにもめげず、死に立ち向かう。「すさんだこの世で生きながらえ、俺のことを語り伝えてくれ」と友人ホレイショーに頼み、最後の言葉は「あとは、沈黙」であった。思わず舞台に歩み寄ったアグネスは、そのハムレットの手を暖かく包み込む。アグネスとウィリアムが、『ハムレット』を通して、共に愛息ハムネットを葬送する、感動的な場面であった。

ストラトフォードの自然とロンドンが育む芸術。この自然と芸術こそ、人間を癒し、日常を支えてくれるのだ、とこの映画は物語っているようだ。

2026年6月28日 於いてStranger

2025年 イギリス・アメリカ映画
監督:クロエ・ジャオ
脚本:クロエ・ジャオ、マギー・オファーレル
原作;マギー・オファーレル『ハムネット』
出演:ジェシー・バックリー、ポール・メスカル、エミリー・ワトソン、ジョー・アルウィン
音楽:マックス・リヒター
撮影:ウカシュ・ジャル
編集:クロエ・ジャオ、アフォンソ・ゴンサウヴェス

2026年7月2日 j.mosa