ジャンルを超えるロックミュージック——『ボヘミアン・ラプソディ』人気の源泉

昨年の映画の興行成績の第1位は『ボヘミアン・ラプソディ』だそうだ。クィーンの名前すら知らなかった私でさえ観た映画だから、第1位はうなずける。なによりも音楽が良かった。重唱の美しさに驚く。それにしても、ロックなどほとんど聴かない私が、なぜこの映画を観ることになったのか。

NHKラジオ「すっぴん」のアンカーである藤井彩子アナが、「最後の場面で泣きました」と報告したのが、もう3ヶ月も前。ちょっと気にはなっていた。それから3度も観たとまた先日ラジオで発言。そのときは夫である古今亭菊之丞と一緒だったらしい。そして高橋源一郎も、観ましたよと言う。彼は賢明にも、映画の感想は述べなかったのだが。

1月27日、新国立劇場で『タンホイザー』を観たあとのオペラ仲間との会食。私も観たという人が結構いて、ちょっとビックリ。しかも、映画の主人公フレディ・マーキュリーは、スペインの名歌手モンセラート・カバリエと共演しているという。うーん、これは観なければ、ということになったのだった。ちなみに当夜の『タンホイザー』は、合唱以外取り立てていうことはなし。罪深い男が聖なる女性に救われるというテーマも、『ファウスト』を経験している私たちには、すでに陳腐でしかない。

『ボヘミアン・ラプソディ』を、映画として優れているか、と問われれば、いささか疑問がないとはいえない。主人公のとらえ方に偏りがあり、フレディ・マーキュリーという人間がイマイチよく分からない。ゲイの側面を描きすぎて、奥行きを失ったのではないか。女の恋人との関係も曖昧なままである。不特定多数の恋人が彼の孤独を癒したはずはなく、彼の「愛」をもう少し深く追究すれば良かったのではないかと思う。

とはいえ、音楽の素晴らしさは、それらの欠点を補って余りある。物語の進展と音楽の間に齟齬が感じられない。ときどきのフレディの心情が、ロックの音楽に見事に結実している。ビートルズには少しも感情移入できなかった私だが、クィーンの音楽には心を動かされた。

フレディがピアノを弾きながら歌いはじめる『ボヘミアン・ラプソディ』は映画のハイライトだが、美しいハーモニーといい、抒情的なエレキギターといい、思いがけない展開をみせる曲の構成といい、すっかり魅せられてしまった。暖かな繭から出ざるをえない青年の、世界との闘い、傷つき、逃走し、そして……。この曲には、まさしく彼らの魂の叫びが宿っている。6分間の短い曲が、ときには3時間のオペラに勝ることがある。

音楽に垣根はないなぁ、と実感したのは、とにかく大きな収穫であった。

2019年1月29日 於いてTOHOシネマズ錦糸町

2018年イギリス・アメリカ映画
監督:ブライアン・シンガー
脚本:アンソニー・マクカーテン
撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル
音楽:ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー
出演:ラミ・マレック、ルーシー・ボイントン、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョゼフ・マゼロ、エイダン・ギレン、トム・ホランダー、アレン・リーチ、マイク・マイヤーズ

2019年2月6日 j.mosa