むさしまるのこぼれ話 その三十四 亀に選ばれた男

「レッド・タートル ある島の物語」(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督、2016)はこんなふうに展開する。
無人島に漂着した男は筏を作って脱出を試みる。だが、沖合にでたとたん、海中から何者かがぶつかってきて筏は破壊され、男は島に戻る。同じことが三度くり返されたとき、その何者かが大きな赤い亀であることが知れる。
男が浜辺にいると、憎いあの亀が浜辺を這いあがってくる。男は亀をひっくり返し、頭を棒で強打する。亀は死んだように動かなくなる。気の咎めた男はなんども水を汲んで亀の頭にかけてやる。やはり亀は動かない。しばらくして、ふと気づくと亀の甲羅が割れ、女の顔と手足が現れる。女は男と島で暮らし始める。
二人の間に男児が生まれ、月日が経つ。男児は成長し、島の外の世界へ心惹かれ、母の反対を押し切って二匹の亀と一緒に海へと消える。島に残った男と女は、いつしか老いて共に白髪の老人となる。そしてある朝、女は、砂浜の隣に眠っていた男がすでにあの世に旅立ったことを知る。女は赤い亀に戻り、海の中を彼方へと去ってゆく。
大まかこんなアニメの物語なんだが、誰でもわかる展開と抑制された音楽が小気味よく、観終わってから夢想をかきたてる余韻が長くあとをひく。そういう効果を生む最大の要因は、セリフがないことだろう。叫び声はたまに出てくるが、聞こえてくる大半は自然界のもので、波や風の音、鳥の鳴き声などなど。
赤い亀は男の筏を三度も壊して、島からの脱出を阻止する。しかも、砂浜にいる男のところへ危険をおかして接近する。そして、一種の仮死状態から人間の女へと変身し、男とのあいだに一子を設ける。さらに男が死ぬと亀に返って海へ戻ってゆく。どうも亀はあらかじめこの男を選んでいたらしい、なぜ?
亀が人間に変身するのに仮死状態を通過するというのは、ちょっと腑に落ちる。ヨーロッパの歴代国王も(聞くところでは日本の天皇の儀式もそうらしいが)、王位継承のために「正義の寝床」に横たわって寝なければならないという。眠りというある種の仮死状態を経てはじめて、俗世の生身の肉体を捨て去って聖なる国王の身体に生まれ変わるわけだ。この海亀も仮死状態を経て人間へと脱皮、変身した。どうやらそれは、子孫を残すためであったらしい。ゆえに、雄でなく雌の海亀である(大型のこの亀は女王さまだったかも知れない)。息子が迎えにきた亀とともに海の中を泳ぐ姿は、間違いなく亀そのものだ(上掲のイラストがそれ)。
ところで、この作品は日本、フランス、ベルギーの3か国による合作映画であるため、英語の原題The Red Turtleのほかに、仏題La Tortue rougeが添えられている。名詞に性別があるロマンス語系のフランス語では「亀Tortue」は女性名詞だから雌の海亀というのはごく自然な発想だし、もうひとつの形容詞「赤いrouge」には「豊穣」の含意がある。もっとも、そんな知識などもち合わせてなくとも、少しばかり想像力をもてば、表面的なリアル一辺倒をやめれば、とどのつまり童心に帰ることができれば、神話みたいなこの物語もじつに自然なものとなる。
それにしても、セリフなしのこの無言劇ならぬ無言アニメを観始めたのに、なんの違和感も抱かなかったのには、我ながら驚いた。けれども考えてみれば、目は口ほどに物をいうのだし、以心伝心できるのが生物のありようではないか。そう思うと、職場にあるガラスの水槽を泳ぐメダカや川エビやカワニナなんかとも会話できる気がしてきた。
2016年製作/日本・フランス・ベルギー合作
原題:The Red Turtle 仏題La Tortue rouge
監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
アーティスティックプロデューサー:高畑勲
むさしまる



