『褐色の世界史』(ヴィジャイ・プラシャド著、水声社)は「第三世界」から見た世界史だ。わたしたちが中学・高校で押しつけられる世界史とはかなり趣が異なる。歴史は原則として強者の歴史であり、したがって、基本的には「第一世界」の、つまり欧米中心の歴史となる。この歴史に対して大きな疑問符をつけたのがヴィジャイ・プラシャドということになる。
扱う時代の中核部分はほぼ第二次大戦後から70年代末まで、戦後の東西冷戦構造のなかで、「第三世界」がある役割を荷いうると期待された時代である。その役割は著書の冒頭に引用されたフランツ・ファノンのことばが雄弁に語る。「第三世界は今日、一つの巨大な塊としてヨーロッパに対峙している。そのプロジェクトとは、ヨーロッパがこれまで答えを見つけられずにいる問題を解決しようということであるはずだ」。
ところが、ソ連解体により冷戦構造が消失し、「第三世界」もまたグローバル資本の波に呑みこまれて問題を解決する力を削がれているのが現状であろう。この現状の処方箋はむずかしい。けれども、「第三世界」から見た世界史という考え方は、処方箋を作るときに忘れてはならない視点だと思う。
筆者のプラシャドはインド出身の学者だが、アジアと西洋の関係を論じた浩瀚な歴史書『西洋の支配とアジア』(藤原書店)の著者パニッカルもまたインドの政治家・学者である。しかも扱う時代はバスコ・ダ・ガマのインド到達から第二次大戦までの500年近くに及ぶ。パニッカルにもアジアの側から見た西洋世界という視点が当然ある。プラシャドとパニッカルに共通するのは、いっぽうは空間的もういっぽうは時間的な、視界の広さだ。大英帝国支配の苦渋を呑まされてきた民のエネルギーがそうさせるのだろうか。
視界の広さということでいえば、フランスの歴史学者マルク・フェローの『植民地化の歴史』(新評論)は「第三世界」の歴史を700年にわたって展望した大著である。わたしたちが知らない世界史の裏面、あるいは知っていたとしても断片的情報に解体されて本質が見えなくなっている歴史的事実、それらを「植民地化」という一点に絞って紡いだのがこの本だ。筆者はユダヤ系フランス人。ヨーロッパの内なる他者としての第二次大戦を生き抜いた経験をもつ。そういう人間ならではの視線に貫かれている。「核なしに戦争するノウハウを学んだ」(佐藤優)現代世界の見取り図を描くには必須の一書だろう。
学問研究分野の細分化が進んでいる現代には、こうした「大きな歴史」を描く意味は大きい。フランスの歴史学の場合、例えば1931年のパリ植民地博覧会だけに焦点を絞って研究する学徒や研究者は枚挙にいとまがない。細部のみにこだわるスペシャリスト全盛の時代なのだ。だから、上記のフェローのような書物は“大風呂敷”の評言が必ずついてまわる、フランスでも日本でも。「大きな歴史」も「小さな歴史」もなくてはならないはずなのだが…
その「小さな歴史」の一例として、無文字社会であった西アフリカ・マリの語り部アマドゥ・ハンパテ・バーの自叙伝『アフリカのいのち』(新評論)の一節を紹介しておこう。書物を絶対視しがちなわたしたちの足元を確認するのに役立つと思う。
それゆえ、文字をもたなかったからといって、アフリカが過去や歴史や文化をもつことがなかったわけでは決してないのである。私の師匠ティエルノ・ボカールが後に何度も言うように、「文字は事物であり、知識はそれとは別のものである。文字は知識の写真であって、知識そのものではない。知識は人の内側にある光である。知識は先祖たちが知ることのできたものすべての、そして先祖たちが私たちに胚芽として伝えたものすべての遺産なのであって、それはちょうどバオバブの木がその種子のなかに潜在的に含まれているのと同じことなのである」。
むさしまる