平凡な生活のなかのサスペンス――濱口竜介『偶然と想像』
濱口監督の語り口はうまい。うますぎて、鼻につくほどだ。それでもその語り口に乗せられて、いつの間にか物語に没入している自分を発見する。何気ない生活の一断面。それは偶然にすぎないのだが、そこから思いもかけない物語が展開する。この映画は、サスペンス映画でもある。警察も探偵も犯罪者も出てこない、平凡な生活のなかのサスペンス。人間存在の不可解さ、残忍さも、そんな平凡な日常のなかに潜んでいる。
第1話 魔法(よりもっと不確か)
別れて、もう心のなかにも存在しなかった男が、親友の新しい恋人になりつつある。親友から偶然、その男とのお惚気話を聞かされた女は、別れた男に会いに行く。それで、どうしようというのか? 女の心に生じた男への思い。その女に対する男の反応。そして、女と親友が語り合っているカフェに、男が偶然現れる。女はどんな行動をとるのか。人を好きになることと嫉妬とは切り離すことはできない。嫉妬は思わぬ瞬間に顔を出す。嫉妬も、好きになることも、確かに、魔法のよう。
第2話 扉は開けたままで
大学教授の研究室の扉は、常に開けられたままである。それは、彼のオープンな精神を反映しているのか。芥川賞を獲得したその教授のもとに、教え子の女性が訪ねてくる。色仕掛けで、彼を窮地に追いつめようと企んでいる。その試みがはたして成功するのか否か、観客は息を呑んで見つめることになる。朗読を手段にした女の迫り方もうまいし、扉を閉めようとする女の試みに抵抗する教授の姿も印象深い。このふたりのやりとりは、セリフの棒読みのようでいながら、女の態度の微妙な変化が見事に表現されている。演技を超えているとしかいいようがない。そして、物語は収束したとみえながら、そのあと偶然が重なり、二転三転の展開をみせる。精神の改悛と残忍さ。観るものは、自らの心の奥を見つめざるをえない。
第3話 もう一度
「今年のベスト映画の中でも最良の1本にして、美しき人生賛歌」と、この映画のフライヤーはうたっている。「美しき人生賛歌」といえるのは、この最後の話のみであろう。キャッチコピーも、もう少し考えてもらわなくては。それはともかく、仙台駅のエスカレーターで偶然出会ったふたりの女は、過去の感情を見つめることで、現実を新しく生きる力を獲得する。「いま、幸せなの?」という問いかけは、再生へのキーワードである。
2022年1月24日 於いてBunkamuraル・シネマ
2021年日本映画
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介
製作:高田聡
撮影:飯岡幸子
出演:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉
2022年1月28日 j.mosa