声の饗宴を楽しむ――ボローニャ歌劇場の『ノルマ』

久しぶりに、イタリアオペラを聴いた!という感慨をもった。それもとびきりのベルカントオペラを。このオペラは、ノルマ、アダルジーザ、ポリオーネの3歌手の質が揃わないと、いい舞台とはなりえない。この日は、ほぼ完璧な歌手陣だった。

私は、6年前にもこのオペラを聴いている。深い感銘を受けて、その感想をこのブログに書いた。それは、何よりも、ノルマを歌ったマリエッラ・デヴィーアが素晴らしかったからである。私は終始、彼女の声に聴き惚れていた。そして、次のように書いている。「このオペラは、プリマドンナの声を堪能するためのオペラである。メゾソプラノにも人を得られれば、それで十分」と。この言葉は取り消す必要がある。『ノルマ』は、二重唱、三重唱を駆使した、見事なアンサンブルオペラでもあるのだ。本公演を聴いて、その感を深くした。

二重唱といえば、第1幕第2場の、ノルマとアダルジーザが恋心を歌いあう「ああ、思い出さずにはいられない」の甘美な美しさは、何にたとえられるだろう。「禁断の恋の相談をもちかけられたノルマは、自らの内に秘めた恋心をも我知らずに歌い出す。ソプラノとメゾソプラノという微妙な音程の差が、旋律の華麗さを柔らかく包みこむ。涙を堪えるのが難しい。美しいというただそれだけで、人は涙する」。この自らのブログの再録に付け加えるなら、アダルジーザを歌った脇園彩の存在感であろう。

この二重唱に続くのが、ポリオーネを加えた三重唱である。彼は、ノルマとアダルジーザ両方の恋の相手である。それが分かったあとの、いわば修羅場の三重唱。オーケストラも緊迫感に満ち、充実している。ヴェルディはベッリーニから多大の影響を受けていると実感できる。ノルマの激高、ポリオーネの言い訳、許しを請うアダルジーザ。ソプラノ、メゾソプラノ、テノール3人の声が複雑に絡み合い、高揚して、聴くものを圧倒する。

ソプラノのフランチェスカ・トッドは声量がある方ではなく、例えばカラスなどと比べると役不足かもと思ったが、声の美しさ、それも高声の透明な美しさは比類がない。脇園彩は声もよく通り、低声にも深みがある。ベルカントを集中的に勉強したという成果がよく表れていた。テノールのラモン・ヴァルガスは、声の輝かしさと力強さで、ふたりの女声に対抗した。恋に揺れる心のあやもよく表現。彼らに寄り添うファブリツィオ・マリア・カルミナーティの指揮も柔軟で、歌心に溢れている。

このオペラは、ローマのガリア遠征を背景に、占領軍司令官と現地の巫女との恋をテーマとしている。時代的には紀元前50年頃か。現地のドルイド教徒たちはローマからの解放を願っている。圧倒的な戦力を持つ集団とそれに抵抗する弱小集団。舞台はどうしても現代社会を反映せざるをえない。しかしこのオペラは、そのような筋書きを遥かに超えている。男女の恋にまつわる美しい歌の数々は、苦難に満ちた現実の世界をひととき忘れさせてくれる。そういう意味でも、この公演は、申し分のない素晴らしい舞台であった。

2023年11月5日 於いて東京文化会館

指揮:ファブリツィオ・マリア・カルミナーティ
演出:ステファニア・ボンファデッリ

ノルマ:フランチェスカ・ドット
アダルジーザ:脇園彩
ポリオーネ:ラモン・ヴァルガス
オロヴェーゾ:アンドレア・コンチェッティ

管弦楽:ボローニャ歌劇場管弦楽団

2023年11月26日 j.mosa