意表をつく映像美と深遠なメッセージ――ドゥニ・ヴィルヌーヴ『メッセージ』
オペラにしろ、文楽にしろ、また演劇にしろ、生身の人間が眼前で演じる舞台は、演者の発する稀なエネルギーを直接身体に感じることができる。切ない恋を語る演者のセリフ、歌手の喉から溢れ出る甘美なメロディ、ホールをどよめかすオーケストラの響き……。劇場の椅子に身を沈めていると、全身が至福の感覚に満たされる。
いっぽう、そのような舞台では表現できない世界の現象というものがある。そこに映画の存在価値があり、コンピュータ技術の進歩によって、その価値は益々高まっている。『メッセージ』は、現実にはありえない現象を、意表をつく映像美に見事に結実させて、映画の底力を示してくれた。
突然、世界の12の地点に現れた巨大な飛行物体。高さ500m近い、ラグビーボールを縦に二等分したような物体が、モンタナの平原に浮かんでいる。周囲の山々や雲を背景に、不気味に浮かぶ奇怪な物体の姿は、息を飲む意外性がある。
7本足の、タコを思わせるエイリアンの姿も、CGを駆使してリアリティがある。しかしそれよりも、彼らの手から発せられる環状の墨絵様の文様は、大型のスクリーン一杯に展開されて、まるで抽象絵画の美しさだ。自在に変化するその文様は、いったい何を表現しているのか。
飛行物体の入口空間、それは巨大なトンネル様の空間なのだが、周囲は鋭い凹凸のある不気味な壁に覆われている。光速を超える飛行物体でありながら、この原始的な空間は異様である。ここはエイリアンとのコミュニケーションの場で、原始的な異様さはその困難さを象徴しているようだ。これはCGではなく、巨費をかけてつくられたのだという。やはり、リアリティの重みがちがう。
エイリアンは何のために地球にやってきたのか。12の地点に同時に到着したのはなぜか。モンタナでは、その疑問を探る学者として、言語学者のルイーズと物理学者のイアンが選ばれる。地球上の他の11の地点でも同様の試みが行われて、それらは回線で結ばれている。
いかにしてエイリアンとの意思疎通をはかるか。この映画のテーマははっきりしている。コミュニケーション、そしてその困難さである。主人公ルイーズの、亡き娘とのコミュニケーションとも交錯させながら、その本質に迫ろうとする。さらに、過去と未来を自在に往還できるという、最先端物理学の命題も含まれていて、映画の厚みを増している。ただ、せっかく物理学者をメインの登場人物にしていながら、このテーマが深められていないのは少し残念。
ITが進歩して、私たちは多様なコミュニケーションの手段を獲得した。にもかかわらず、人と人とが理解することの困難さは、かつてと少しも変わることはない。他者を信頼し、深く理解しようというルイーズの謙虚さなしには、コミュニケーションは成り立ちえない。この映画は、豊かな映像美を通して、現在世界において最重要なこの真理を、明確に伝えてくれる。
2017年6月21日 於いてTOHOシネマズ日本橋
2016年アメリカ映画
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚色:エリック・ハイセラー
原作:テッド・チャン『あなたの人生の物語』
撮影:ブラッドフォード・ヤング
音楽:ヨハン・ヨハンソン
出演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー
2017年6月24日 j.mosa