イザベル・ファウストの至芸――ショスタコーヴィチ『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』

ショスタコーヴィッチは、稀代のヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフの60歳の誕生日に、『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』を贈った。1968年のことである。この曲を贈られたオイストラフは、はたして、手放しで喜んだのだろうか。ふつう誕生日のプレゼントといえば、喜ばしく、華やかな雰囲気に満ちたものである。ところがこの曲は、それとは真逆の、暗い沈鬱さに覆われている。

1968年といえば、ロシアはまだソ連の時代で、アメリカを中心とする欧米との冷戦のさなかである。東南アジアでは、ヴェトナムで激しい戦いが繰り広げられていた。ソ連の指導者はブレジネフ。フルシチョフの解放路線はとうに放擲されて、ソ連は冬の時代にあった。芸術も共産党の監視下にあって、すでに世界的な名声を得ていたショスタコーヴィチであっても、自由な作曲活動は制限されていたに違いない。作品番号134の、この『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』に漂う沈鬱さは、そんな時代を反映しているのではないだろうか。

とはいえ、オイストラフは、この誕生祝いを大いに喜んだだろうと、2月1日にイザベル・ファウストの名演を聴いて、私は思い直した。素人が聴いても、この曲には、ヴァイオリンのあらゆる要素が詰め込まれている。それも、極めつきの技巧を要する。オイストラフは、そしてイザベル・ファウストも、このソナタの楽譜を前にして、奮い立ったに違いない。

これは余談になるが、ショスタコーヴィチには妙な嗜好がある。彼の有名な26歳のオペラ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』は、のちに夫人となる婚約者に捧げられている。性と殺人が支配する異色のオペラである。こんな残虐で破天荒な作品を恋人に献呈するような芸術家が、他にいるとも思えない。しかし、渾身の思いで創作した作品を大切な人に贈る、ということは、彼にとっては普通のことだったのだ。

イザベル・ファウストの弾く『ヴァイオリンとピアノのためのソナタOp.134』は、オペラを聴いているかのようで、物語性に満ちていた。12音階の、静かだが不安に満ちた第1楽章。第2楽章は激しく、諧謔味も感じられるが、ピアノとの掛け合いはまるで敵どうしの戦いである。名手2人が揃わないと演奏は不可能。終楽章も勝利で終わることはない。無調の響きが、いっそうの不安、さらには狂気さえ感じさせる。彼女の、空間を優しく漂うようなヴァイオリンの音色を生かしたプロコフィエフの曲のあとだったゆえ、この作品の、底知れない虚無感がひとしお心に沁みた。

休憩をはさんで、シェーンベルクの12音階の曲。これはショスタコーヴィチ作品の雰囲気を引き継ぐ小品である。そして最後にブゾーニのソナタとは思いがけない。聴く人の心を鎮める曲、ということか。アンコールのシューマン『幻想小曲集Op.73』は何度も聴いた曲だが、彼女の繊細で絶妙なヴァイオリンの響きは、まるで新しい音楽のよう。この演奏を聴けただけでも、遠路を来た甲斐があったとさえ思った。いずれにしても、当日は、イザベル・ファウストの万能ぶりを十分に堪能した。

2026年2月1日 於いて三鷹市芸術文化センター

プロコフィエフ:5つのメロディOp.35bis
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリンとピアノのためのソナタOp.134
シェーンベルク:幻想曲Op.47
ブゾーニ:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第2番Op.36a

ヴァイオリン=イザベル・ファウスト
ピアノ=アレクサンドル・メルニコフ

2026年2月6日 j.mosa