2023年9月29日、北沢方邦先生が逝去されました。享年93歳。謹んでお悔やみ申し上げます。

私たちの「知と文明のフォーラム」は、北沢先生とお連れ合いの青木やよひ先生を中心に、2006年に結成されました。混迷する現代に新しい知を打ち立てたいというおふたりの熱い思いに共鳴した幾人かが、伊豆高原のおふたりのご自宅に集いました。

私たちが開催してきたセミナーやコンサートはこのHPで概観できますが、これら催しの背景には常におふたりの存在があったことはいうまでもありません。おふたりの間には、男性と女性の関係の結び方の、新しい形態があったと感慨深いものがあります。自由を基盤にした、お互いへの限りない信頼がありました。もちろん、既成の男女の役割などは軽々と超えておられました。

青木先生の最後の著書『ベートーヴェンの生涯』(平凡社新書、2009年刊)は、北沢先生のバックアップがなければ刊行は不可能でした。末期の大腸がんを抱えながらの執筆で、担当編集者の私は未完の腹を固めておりました。それが、後書きまでをも執筆され、最終校了は亡くなられる6日前でありました。

「尼寺へ行け!」。食事を終えると、北沢先生は青木先生にこう言われたそうです。「尼寺」とは青木先生の書斎であり、そこで思い残すことなく原稿を書け、という意味です。料理や掃除などの日常のことどもはもちろん北沢先生が担いました。これは、青木先生がお元気であった頃からの風景でありました。

2009年11月に青木先生が亡くなられ、この度は北沢先生のご逝去です。ひとつの時代が過ぎ去ったと、とつくづく思います。さて、私たちはこれからどう生きるか、重い課題が残されました。

2023年10月12日 森淳