ぶらりと映画館

街のまんなかで、ふと真空の時間を持つことがあります。なんの予定もなく、時間がたっぷりあるという幸福な状態です。そんなときは、近くの映画館か美術館をぶらりと訪れるのが一番。ときに至福の時間を得ることができます。まったく予定していなかっただけに、その喜びにはまた格別の味があります。

今日、お茶の水での歯科の治療が終わったのが11時。雨が降っていて、予定していた自転車散歩もできません。このまま帰宅するのもなぁ、という気分になりました。そこで、飯田橋のギンレイホールを覗いてみることに。ここはいまでは珍しくなった2本立て上映の映画館です。たっぷり時間がある身には2本立てはたいへん有難い。しかも、映画館主催の方の眼は確かで、時間を無駄にしたという記憶はまずありません。

『タレンタイム』と『台北ストーリー』。後者はなんとなく中身が想像されますが、タレンタイム? いったい何語? どこの国の映画? このようにまったく予備知識ゼロ。窓口で配布された「ギンレイ通信」というミニ案内を読んで、これがマレーシアの映画だということをはじめて知りました。監督はヤスミン・アフマドという女性で、8年前、51歳という若さで亡くなっている。

タレンタイムとは、Tale in timeで、高校生の音楽コンクールのことでした。このコンクールを、マレー系、インド系、中国系……、様々な高校生が目指すという、いわば青春物語です。それぞれの学生にはそれぞれの家族があり、宗教もそれぞれ。それゆえに生じる矛盾やら悲劇やらを、ユーモアたっぷりに描きます。クスリと笑いながら観ていくうちに、マレーシアの複雑な社会のありようが、肌身に沁みて理解されます。

人種・文化・宗教の差、親子の葛藤、聾唖という障がいまでも、若者たちは乗り超えます。困難をともないますが、清々しいその生命力に、心からなる拍手をおくりました。こんな気持ちになる映画などそうあるものではありません。それに、全編に流れる多彩な音楽も聴きもの。インド系、中国系、フォーク調、ドビュッシーやバッハまでも!

ぶらりと映画館に入って、思わぬ拾いものをした。そんな幸せな一日でした。

2017年9月4日 森淳