レジスタンスの栄光と悲惨——『ハイドリヒを撃て!——「ナチの野獣」暗殺作戦』

2時間、まるでナチス占領下のプラハにいるような緊張感のなかにあった。ナチスの兵士たちが銃を構えて街を警戒している。暗い表情ながら、市民の姿も多い。そのなかの、誰が味方で誰が敵なのか? この状況下で暗殺は可能なのか? 実際のプラハで撮影されただけあって、街並みは美しく、じつにリアル。そのぶん、緊迫感も並ではない。

1938年9月、ナチスはボヘミア・モラヴィア保護領としてチェコを支配下に置く。翌年9月、第二次世界大戦が勃発したこともあり、その支配は厳しさを増す。41年冬、ロンドンのチェコスロヴァキアの亡命政府は、保護領の責任者、ナチスNo3のラインハルト・ハイドリヒの暗殺を計画する。「エンスラポイド(類人猿)作戦」といわれるが、暗殺を命じられたのは、ヨゼフ・ガブチークとヤン・クビシュのふたりの青年である。

パラシュートでプラハ郊外の森に降下したふたりは、地下抵抗組織を頼ってプラハに潜入する。しかし組織は、ハイドリヒの手で半ば壊滅の状態にあった。組織の中心人物は、この計画そのものに疑問を呈する。成功の可能性は低く、たとえ成功したとしても、報復の犠牲が大きいと。

作戦を立案する者と実践する者。両者が幸福な信頼関係を保つことは必ずしも保障されない。立案者は往々にして現場から遠く離れている。現地の詳細な情報なしには、現実的な作戦など立案できないのだ。この「エンスラポイド作戦」も、その不幸な実例だったといわざるをえない。

ハイドリヒの暗殺には辛うじて成功しながら、いったいどれほどの犠牲があったことか。ヨゼフの恋人は銃殺され、彼らに協力した平凡な一家は無残な虐待を受ける。暗殺に関わったと判断された村の住民数百人も虐殺されるなど、およそ5千人の市民が犠牲になったという。

しかしながらこの映画は、不幸を冷徹に見据えつつ、プラハ市民の、ナチスに対する不屈の戦いに大いなる敬意を表している。確かに、危険をも顧みない不屈の精神なくして、ナチスという悪を倒すことはできなかったろう。この事実も含めて、悪に対する抵抗運動はいかにあるべきかを、深刻に考えざるをえなかった。

暗殺に関わった者たちが壊滅させられる、最後の銃撃戦は凄まじい。チェコ国民の抵抗精神が残酷に描かれ、その力強さと、また儚さに、圧倒される思いであった。極限状況下での恋、ミッションへの疑いに揺れる隊員の心、密告者の慚愧など、人間の心理も説得力十分に表現されて、レジスタンス映画の不朽の名作となった。

2017年8月17日 於いて新宿武蔵野館

2016年チェコ・イギリス・フランス映画
監督:ショーン・エリス
脚本:ショーン・エリス、アンソニー・フルーウィン
撮影:ショーン・エリス
音楽:ロビン・フォスター
出演:キリアン・マーフィ、ジェイミー・ドーナン、シャルロット・ルボン、アンナ・ガイスレロヴァー、トビー・ジョーンズ

2017年8月27日 j.mosa