ソメイヨシノはかなり散り、満開時の華やかさはないが、ヴィラ・マーヤの裏庭の白山桜をはじめ、山桜がその盛りを迎えている。みずからの若葉や芽吹きはじめた雑木の狭緑を背景に、裏山のそこここに白い泡のように天空に盛りあがる花々の姿は、朝日あるいは夕陽を浴びて幻想的でさえある。メジロ、ヒワ類、ガラ類、ヒタキ類など野鳥の囀りも華々しく、春を謳歌している。
夜、いつもは冬の寒夜に鳴くフクロウが、めずらしくくぐもった神秘な声を聴かせる。
花闇にフクロウの鳴く春の宵
ティベットの悲劇
北京オリンピックにあわせて、ティベット自治区をはじめとするティベット人居住地域で、中国政府や漢民族に対する大規模な暴動が起こり、多くの犠牲者をだして鎮圧されつつある。ギリシアでの聖火採火式をはじめ、ヨーロッパの各地で聖火リレーに対する妨害が起き、ティベット人だけではなく、人権擁護団体や一般の同調者たちが活動に参加している。ティベットの独立を奪い、彼らの文化を抑圧し、漢民族への同化を強制している中国への世界の怒りは当然である。
中国や朝鮮半島、あるいは東南アジアをめぐる過去の「歴史認識」を明確に清算していないわが国が、中国をきびしく非難するには若干のためらいがあるが、その自覚のうえで、やはり人種差別や異文化の抑圧には批判の声をあげなくてはならない。
約30年前、まだ文化大革命下の中国を訪れたことがあるが、一面「貧しくても平等」の徹底を追い求めるその姿に感銘を受けはしたが、延辺朝鮮族自治州を訪問し、中国政府の少数民族政策がまったく誤っているのをみて、衝撃を受けたことがある。
つまりそれは、かつてアメリカ合衆国政府やオーストラリア政府が、アメリカ・インディアンやアボリジニーのひとびとに対して行った「同化政策」であり、共産主義イデオロギーに裏打ちされたより徹底した強制という惨状であった。これらの政府がこの過去の誤りを認め、彼らに正式に謝罪し、次々に彼らの存在権や文化の復権を認める政策を打ち出しているこの21世紀に、ティベットやウィーグル自治区でいまなお文革時代の強制政策を継承しているのを見るのは、怒りを超えてその非人間性に恐怖を覚える。
朝鮮族自治州では、自治州とは名のみ、漢民族の大々的な移住で人口比率を大幅に変え、朝鮮族の幹部をさしおいて漢民族の幹部が権力を掌握し、漢民族優先の開発を行っていた。もっともひどいのは教育であった。小学校から朝鮮語は禁止され、歴史の授業では朝鮮半島の歴史はいっさい教えていなかった。
ある夕べ、首都延辺で観劇に招待されたが、上演された京劇風のパフォーマンスは、革命中国の誕生や人民解放軍を称えるものばかり、やっと「白頭山に太陽が昇る」という歌が登場したので、「白頭山に太陽が昇る、金日成という太陽が」とうたうのかと思ったら、なんと「白頭山に太陽が昇る、毛沢東という太陽が」という歌詞に驚きあきれ、思わず隣に坐っていた朝鮮族の通訳氏の顔をみた。だが彼は仮面のように無表情であった。中国語・朝鮮語・日本語を通訳するこの下級幹部は、その深い眉間の皺が物語るように、一生涯日本と中国という二つの「主人」に仕え、その苦渋を顔に刻んできたのだ。
朝鮮族は人口も少なく、この抑圧的同化政策にひたすら耐えているようにみえたが、人口も多く、かつて独立国であったティベットや、勇猛な戦士であったウィーグルのひとびとにとっては、忍耐も限度であったにちがいいない。ダライ・ラマ14世が独立ではなく、ティベット文化を保全する「高度の自治」を求めているいまこそが、対話と政策転換の好機なのだ。それを行わないかぎり、ティベットやウィーグルの若者たちは先鋭化し、アルカイダなどと連携する武装闘争に走ることとなるだろう。それは独自の非暴力的仏教文化を築いてきたティベットにとっても、文化的自殺行為にほかならない。
ブータンよ、おまえもか
地球上の最後の秘境、この世のシャングリラ(架空の楽園)とたたえられ、前世紀の終りから「伝統と共生する近代化」という独自の道を探ってきたブータンが、いま大きな転換点にさしかかっているようだ。ひとつは王国創設百年を記念して(2007年であるが、占いにしたがって2008年に延期したという)議会制民主主義を導入し、立憲王制に移行する措置である。これも国王の主導で、国民の多くは議会制など必要がないと考えているが、それ自体はよい改革といえよう。
問題は、テレビやインターネット、携帯電話などの解禁によるグローバリセーションの波涛が、首都を中心に襲いかかりつつあることだ。若い世代がその波に飲みこまれはじめている。たとえば外出には民族衣裳(男はゴー、女はキラ)の着用が義務づけられているが、家に帰るやいなやそれを脱ぎ捨て、Tシャツ姿で外国のテレビ・ゲームに熱中するといった風景である。
明治の近代化、あるいは敗戦後のアメリカ化に直面した日本の姿に似ているが、ゴーを脱ぎ捨てるように彼らがやがて、ブータンの伝統文化や種族的アイデンティティを脱ぎ捨ててしまうのではないかと危惧せざるをえない。国王や議会がこの難しい舵取りを誤らないようにと願うばかりである。
それとともに気になったのは、このシャングリラにも、人種差別や異文化の抑圧が存在しているという事実であった。すなわちその対象は、王国の南部の低地帯に居住し、また労働者として首都などの都市にも多く住むネパール系のひとびとである。ヒンドゥー教徒の彼らの宗教儀礼は禁止され、民族衣裳の着用も許されず、ゴーやキラを強制されている。職業も差別され、公的な職につくことはできない。一時期内戦によるネパールからの難民が急増したが、彼らは差別と生活苦にあえぎ、さらにインドなどに避難するという。
ブータンよ、おまえもか。この地球に、人種差別や異文化抑圧のない国などは存在しないのか。と、ただ頭を抱えるのみであった(The National Geographic, March 2008;Bhutan’s Enlightened Experimentを読んで)。



