冬の深まる中で迎えるクリスマスは、音楽を愉しむのに相応しい日。
SPレコードを蓄音機で聞くという赤羽にある青猫書房でのミニコンサートに参加した。蓄音機とSPレコード収集家にして戦争の時代を語る色々なモノの収集家でもある杉山英一さん所蔵の中からセレクトし解説も含め聴かせてもらった。曲はシューベルトの菩提樹、バッハの線上のアリアなどのクラシック曲に、会議は踊るなどの映画音楽、小さな喫茶店、ヤシの実などの懐かしい日本の曲も交じり、バラエティー豊か。

チラシ「温故知新」

電気のお世話にならない手回しの蓄音機。横の取っ手をぐるぐる回して、小さなレコード針も毎回セットして、黒く重いレコード盤に針を落とせば、はるか昔に聴き、記憶の底に眠っていた様々なことが音色と共によみがえる。思いがけず、大きくて伸びやかな音で部屋がいっぱいに。この音色は、どのような現在の技術でもCDでは再現できそうにない圧倒的な響きなのにも驚く。そして、レコードを聴くために費やす一連の動作を眺めるのも、貴重な体験だった。
「此のころの人たちは、歩くのも、今よりゆっくりだっとようですよ」と杉山さん。簡略化とスピードを重んじる現在ではもう求められず、見られなくなった動作。それはつい先日亡くなった渡辺京二さんが著作「逝きし世の面影」に出てくる江戸の人々の姿にも私のなかでは重なる。

蓄音機

「煙草屋の娘」

向こう横丁のタバコやの
可愛い看板娘
年は十八 番茶も出花
愛しじゃないか
いつも煙草を買いに行きゃ
優しい笑顔
だから毎朝毎晩
煙草を買いに行く

という歌詞で始めるコミカルな歌を聴かせてくれたあと、杉山さんは「このレコードが街に流れたのは、1937年の7月。そしてあの『盧溝橋事件』が起きたのは7月7日。そしてたった2か月後の9月には世の中はすっかり代わり「露営の歌」などの戦時歌謡だらけになりました」と解説してくれた。

ちなみに「「露営の歌」の歌詞は以下

勝って来るぞと 勇ましく
誓つて故郷(くに)を 出たからは
手柄(てがら)たてずに 死なれよか
進軍ラツパ 聞くたびに
瞼に浮かぶ 旗の波

なんとなく知っているし歌えてしまうので恐ろしい。そして「たった2カ月」で変化した時代にふたたび近づきつつある今日であることも気が付く。めげずあきらめずに戦後を続けねばと思うが…

12/17日の東京新聞1面

この催し、SPレコードの持ち込みOkとのことで、家にはずっと昔から箪笥の上に置かれたままのSPレコードを取り出してみた。1つは、ショパンのバラードを、アルフレッド・コルトーが弾いているもの。ミニコンサートを終えてから、杉山さんにかけてもらったのだが、自宅にずっと80年近く、眠っていたのに、奇跡のように音が聴こえてきた!

ショパンのバラード4枚組

もう一つは、Schelomoと大きくタイトルが書かれていて、下にヘブライ狂詩曲と英語で書かれている。
エルネスト・ブロッホが1916年に作曲したチェロと管弦楽のための狂詩曲ということで、弾いているチェリストは、エマーヌエル・フォイアーマン(EmanuelFeuermann, )。当時はカザルスに次ぐチェロの巨匠とネットにはあった。そして、ナチが政権を取ったことで、亡命したとも。私は、曲も演奏家も知らないが、これも聴けたらと思えてきた。

「Schelomo」を収めた4枚組のSPレコード

赤羽「青猫書房」に運ばれた蓄音機は大きく、貴重品ゆえに、移動は困難。
音が良いポータブルタイプも杉山さんは所有しているとのこと。コルトーのショパンを聴きたい人と共に、築100年越えの我が家で超ミニコンサート開催!の思いがにわかにしてきた2022年の聖夜だった。

 

蓄音機博士の杉山英一さんとSPレコード・ポータブル蓄音機