生と死と、そして宗教の物語――チベット映画『羊飼いと風船』

久しぶりに映画館で映画を観た。昨年の2月以来であるから、じつに1年ぶりということになる。300席近い館内は閑散として寂しさを誘うが、座席はゆったりと、快い。深々と腰を下ろし、暗闇に映し出される大画面に向きあう。悩み多い日常の世界から解放されることを願って。この映画は、その期待に違うことなく、チベットの大草原の風土と、そこに生きる人々の生活を表現して、私の心を深く動かすものとなった。

羊を放牧するチベットの草原は、私たちの想像する草原とはほど遠い。高地であるゆえに、早くから雪が降り、当然草が生育する期間は少ない。光景は、牧歌的というよりも、自然の酷薄さをより感じさせる。羊を飼うという生業は、強靭な体力なしにはありえないし、もっとも重要な繁殖に関しても、種となる牡羊は借りなければならない。主人公が友人にその借用を依頼する場面はリアルで、羊飼いの現実の姿を映し出す。精力的な一頭の牡羊は、友人の牧場から、バイクに括り付けられて運ばれるのだった。

およそバイクは、チベットの大草原には不釣り合いである。馬こそがふさわしい。都会人である、アウトサイダーの私たちはそう思う。老いた父も同様の感慨らしく、時代の変化を嘆かざるをえない。この数十年で、羊飼いの光景は激変したのだ。このように変化したものと、しかし、激しい労働のように、変わらざるものがある。この映画は、その変わらざる現実を冷徹に見据えている。

家族に愛された老父が死ぬ。機をいつにして、主人公の妻が妊娠する。主人公は、父の魂が再生したと確信する。輪廻転生は、チベット人が有する一般的な考え方だ。家族にはすでに3人の子どもがあり、妻は産むことを躊躇する。労働の過酷さの上に、中国政府は一人っ子政策を取りつつある。コンドームが無償で配布されてもいる。生と死をめぐるこの葛藤こそ、この映画のメインテーマであろう。

生まれることと死ぬこと、その不可解性は、科学万能の現代であっても、遠い遠隔の地であっても、あるいは、何百年前の世界であっても、本質は変わらない。生まれることにはもちろん性が関わっているし、死ぬことには魂が関わっている。科学的には、死の先は無である。しかし人は、それを良しとはしない。物語をつくらざるをえないのだ。

チベットにおける物語が輪廻転生である。しかしこの考え方は、チベット固有のものではない。人間には与えられた課題があり、それを解決するために、何度も生まれ変わらなければならない。ドイツの思想家ルドルフ・シュタイナーも、そう考えた。シュタイナー思想を信奉していた作家ミヒャエル・エンデは、死を前にして、死ぬことはとても楽しみだと語った。

生きるために人間は物語をつくる。それが少数の人間の間であれ、共有されたなら、そこに宗教が生まれる。安心して生を終える、この安堵感は、苦悩に満ちた人生のなかで、最後の拠り所であろう。

妻ははたして、四番目の子どもを産んだのだろうか? 映画にはその答えはない。幼い子どもたちが愛してやまない風船が、青空高く飛んでいくばかりである。

2021年3月8日 於いてシネスイッチ銀座
2019年中国映画
監督・脚本・原作:ペマ・ツェテン
音楽:ペイマン・ヤズダニアン
撮影:リュ・ソンイェ
編集:リャオ・チンソン
出演:ソナム・ワンモ、ジンパ、ヤンシクツォ

2021年3月24日 j.mosa