自由と孤独の物語――クロエ・ジャオ『ノマドランド』


ノマド(nomad)とは英語で遊牧民、流浪者のことである。現代では、好きな時間に好きな場所で働く人や働き方をノマドというらしいが、この映画の主人公ファーンは、自らノマドになったわけではない。リーマンショックのあおりを受けて所属する企業が倒産し、住む家まで失う。やむを得ず、キャンピングカーに家財を詰めこみ、流浪の旅に出たのだった。

ファーンはすでに60歳を過ぎている。夫も亡くしていて、たったひとりの孤独な旅である。各地で季節労働に携わり、辛うじて生活が成り立っている。肉体労働や清掃員など、仕事は過酷なものばかり。Amazonの倉庫での労働などはましな方か。

車はどこにでも駐車できるわけではないし、車中泊を禁じる駐車場もある。冬の寒さも耐え難い。車は故障もし、修理代も嵩む。蓄えのないファーンは、やむを得ず、姉に助けを求める。

庭付きの一戸建てに住む姉は、妹を諭す。いつまで意地を張るのかと。ともに住もうという提案である。ファーンは、姉の優しさに甘えることができない。

ノマドたちの難敵は病である。ファーンに好意を寄せるノマド仲間の男性は、体調を崩し、息子一家と同居することになる。理解のある家族で、彼は落ち着きを取り戻す。そして、彼を訪問したファーンに同居を勧める。ふたりの暮らす空間は十分あると。心は揺れながら、彼女はその誘いにも乗ることはない。

ファーンをノマドの生活に駆り立てるものは何か。それは、自由である。何ものにも代え難い自由。しかし、その代償である孤独は、辛い。ノマド仲間の緩やかな連帯はあるにしても。

ファーンの孤独を慰めるもの。そのひとつが自然である。アメリカ中西部の大自然のなかに身を置くファーンの、解放された表情が美しい。この映画の、自然を描写する映像美は特筆すべきである。映画館でこそ観るべき映画といえる。

そして、亡き夫への愛。彼との思い出は、孤独な生活を支えるに十分であったことだろう。冬の荒野で、ひとり焚き火に身をゆだねる。そのほのかな暖かさこそ、夫との愛の思い出である。愛は時空を超える。

2021年10月27日 於いて飯田橋ギンレイホール
2021年アメリカ映画
監督:クロエ・ジャオ
脚本:クロエ・ジャオ
原作:ジェシカ・ブルーダー(英語版)『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』
製作:フランシス・マクドーマンド、ピーター・スピアーズ、モリー・アッシャー、ダン・ジャンヴィー、クロエ・ジャオ
出演者:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、シャーリーン・スワンキー
音楽:ルドヴィコ・エイナウディ
撮影:ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ
編集:クロエ・ジャオ

2021年11月3日 j.mosa