私の愛する二人のヴァイオリニスト――庄司沙耶香とヒラリー・ハーン

コンサートにはしばらくのご無沙汰である。それで、録りためてあったビデオを順番に観はじめた。そのなかで、とりわけ感銘を受けたのが、5月10日にNHKのEテレで放映された、サロネン指揮のフィルハーモニア管弦楽団演奏会である。精緻を極めた『クープランの墓』や、サロネンにしては熱の入った『春の祭典』も良かったのだが、二曲目のシベリウスの『ヴァイオリン協奏曲』が特筆ものだった。

ベートーヴェンやブラームスのそれと並んで、私はシベリウスの『ヴァイオリン協奏曲』が大好きである。当夜のヴァイオリンは庄司沙耶香。名のみ知るだけできちんと聴いたことはない。ほとんどはじめての体験。そして、驚嘆した。こんな素晴らしいヴァイオリニストが日本にいるのか、と。音色は、美しいだけではない。何かが凝集したかのような、深い意味を持っているかのような。

シベリウスの『ヴァイオリン協奏曲』は、ダブルストップを多用するなど、技術的には極めて困難な曲らしい。終戦直後、巌本麻里が挑戦してやっと弾けた、というエピソードを、どこかに吉田秀和が書いていた。庄司沙耶香は、16歳でこの曲を弾いて、パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝している。それから約20年、彼女のなかでどのような変化をとげたのだろうか。

彼女はインタビューで、オーケストラとの対話を楽しめるようになった、という。確かに、超絶技巧を駆使する場面でも、時に笑顔を見せる。それは、北欧の深い自然のなかを飛翔する大鳥が、芸術への賛歌を歌い上げているかのようだ。スケールは大きく、かつ深い。第3楽章のリズミックな場面で見せる、顎を動かしながらの動作は、またなんとも可愛らしい。私は、すっかり彼女のファンになってしまった。

庄司沙耶香のヴァイオリンに刺激を受けて、久しぶりにヒラリー・ハーンを聴いてみたくなった。彼女は、もっとも好きなヴァイオリニストである。サロネン指揮のシベリウス『ヴァイオリン協奏曲』もCDに入っている。これまた心躍る名演! 庄司沙耶香の音色とは異なり、透明で、切れ味も鋭い。その若々しい演奏は、庄司沙耶香のそれともまったく甲乙つけがたい。

さらにヒラリー・ハーンについて。もう10年以上も前になるが、FMのスイッチを入れたら、たまたまモーツァルトの『ヴァイオリン・ソナタ』を流していた。何番かは記憶にないのだが、素直で颯爽としたそのヴァイオリンの響きに、すっかり魅せられてしまった。モーツァルトは大家でも難しいのだが、ああ、これこそモーツァルトだ、と思ったのである。

ヒラリー・ハーンとのこの偶然の出会い以来、折に触れて彼女のヴァイオリンを聴いてきた。はじめて実演に接したのは2013年5月14日のソロコンサートである(オペラシティ)。コレッリ、フォーレ、バッハなど、多彩なプログラムで楽しませてくれた。伸びやかで透明なヴァイオリンの響きは、類稀な技術に支えられて、聴くものを魅了する。変な力みが皆無であることはとりわけ好ましい。

彼女が、バッハが得意であることは、その清潔かつ簡潔な音色からも当然であるような気がする。2018年12月12日には、オペラシティで、『ヴァイオリン協奏曲』の1番と2番を聴いた。オーケストラはドイツ・カンマーフィル。パーヴォ・ヤルヴィの柔らかく的確な指揮で、バッハの音楽の楽しさを満喫させてくれた。終演後、私には珍しく長蛇の列に並んで、同曲収録のCDにサインをしてもらった。

ヒラリー・ハーンは1979年、庄司沙耶香は1983年生まれである。ふたりの若き才能が、さらにこれからどのように進化していくのか、楽しみでならない。

2020年5月29日 j.mosa